姫鶴+小豆/雨の日


 しとしとと、雨が降る。ここは、本丸の庭にある薄暗い小屋の中。
 作業台では、手元を洋燈(ランプ)で照らして、小豆がゆったりと種を仕分けている。花の種か、野菜の種か、判然としない。
 姫鶴は窓辺の椅子に座って、それを眺めている。雨は降り込まない。風の無い日だった。
「それ、ごこの手伝い?」
 五虎退は畑仕事が好きだから。そう見当をつけると、小豆はこくりと頷いた。
「そうだよ。さいきんは、おつかれだからね」
「城の地下を掘る、だっけ? ごこの担当は深いところなんでしょ、信頼されてんだね」
「うん。よろこばしいことだね」
 小豆は笑みを浮かべていた。姫鶴は、嬉しいばかりじゃないけどねと息を吐く。
「相応に危険なんだから」
「もちろん」
「刀剣男士の本分は戦うこと。だけどさ」
「そうだね」
「俺はごこを守れるかな」
 そっと目を伏せた姫鶴に、小豆は顔を上げた。
「いまはまだ、せんりょくに、さがあるかもしれない」
「ん」
「でも、いまでも姫鶴は五虎退をまもってるよ」
「どこを?」
「こころを」
 肉の器の、一等大切なところ。小豆はそう笑っていた。姫鶴はぱちりと瞬きをして、くしゃりと表情を崩した。
「あつきはずるいなあ」
「ひどいな」
「そういうところ」
「そうかな」
 種の選別に戻った小豆に、姫鶴は語りかけた。
 しとしとと、雨が降っている。時間は日暮れに向かっている。こつこつと柱時計の音がする。本丸は今日も雨。でも、雨は必ず止むから、心配することはない。
 本丸は静かだ。多くの刀が戦場へと繰り出している。それを哀しくは思わないが、姫鶴としては少しだけ急ぐものである。姫鶴も、早く強くなりたい。だが、小豆は急ぐものではないと微笑んでいた。
「雨が、」
「うん」
「止んだら、畑のこと、教えて」
 今はまだ、ごこの為に祈りたいから。そう震える姫鶴に、小豆はただ、わたしでよければ、とだけ言う。

 しとしと。雨音だけが耳に残る。小豆は大した音を立てない。大きな手で小さな種を袋に詰めている。器用な刀だ。姫鶴はそれから目を離せない。五虎退がすぐそこで小豆と作業しているような錯覚さえする。雨のまやかしだろうか。幻想は遠く、近く。五虎退と小豆が並ぶその時もまた、夢現のまぼろばのようなものなのだろうか。
 ああ、明日は謙信と遊ぶ約束がある。それまでに、姫鶴はまたいつものように立ち上がらねばならぬのだ。

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