姫鶴+小豆/晩酌


 晩夏の夜。姫鶴は自室近くの縁側で、静かに晩酌していた。おや、ひとりかい。通りかかったのは小豆だ。
 姫鶴はその姿を見止める。寝間着にしている浴衣姿の小豆は、風呂から上がったところなのだろう。しっかりと乾かされた髪に、性格が見えた。
 生真面目。姫鶴はそう思いながら、一杯どうかと問いかけた。

 小豆は姫鶴の斜め後ろに座った。酒を杯に注げば、ちみと小豆は酒を舐める。
「……からくち、だね」
「甘いほうが良かった?」
「いや、だいじょうぶだよ」
「そお?」
 そうは見えない。姫鶴がくつくつと笑うと、小豆はまあねえと遠い目をした。
「ここに、れいき、けんげんしてから、おさけにあまり、なれなかったから」
「いつも晩酌連中の世話焼いてるから」
「うん。それはきらいじゃないよ。おとなのすがたをしていても、ああいうところは、みな、こどもだね」
「じゃあ、あつきももっと呑んだら子どもになるの?」
 姫鶴の指摘に、小豆はきょとんとした。そして、ははと苦笑いをする。
「わからないな。さけにのまれたことは、まだないから」
「あつきなら強いよ」
「どうして?」
「上杉の子、だから」
 俺とおんなじだ。そう姫鶴が笑いかけると、小豆は頬を僅かに染めた。
「あのね、わたしは姫鶴みたいに、ゆめにあらわれることもできないのだから、」
「どこから来て、どこへ行ったかも、分からないのに?」
「それは、そうだけれど」
「んと、御免ね、意地悪だった」
「いじわる、ではないけれど、こまるのだ」
「はは、そか」
 くいと姫鶴は杯を傾けた。小豆もまた、こくりと酒を飲む。
 月は出ていない。暗いが、美しい星月夜だった。夏の風の名残りを浴びる。秋が来る。これから寒くなるよ。小豆は愛しそうに告げる。夏が過ぎて、秋が来て、冬が訪れる。季節の移ろいを、小豆は愛しているようだ。姫鶴はまだ、それを知らない。肉の器を得てから、まだほんの少しだ。
「姫鶴、あのね」
「ん」
「わたしはきみとあえて、うれしいよ」
 上杉の刀と、今一度会えるとは思わなかった。そう笑う小豆は星明りでうっすらと煌めいている。あ、綺麗だ。姫鶴はそっと手を伸ばした。頬を撫で、顎を触り、項に手を当てる。どうしたのだと、安心しきった小豆の表情に、姫鶴はなるほどなと頷いた。
「酔ってる」
「ばれたか」
 気がつけば、それなりの量を飲んでいたらしい。ふわふわするよと笑う小豆は無防備で、姫鶴はこれは危ういなあと晩酌の後片付けを始めた。
「姫鶴?」
「今日はお終い。ほら、部屋に行こ」
「そうだね」
「あつきの部屋はどこ?」
「みっつむこうだよ」
「ん、連れてくから、ちっと待ってて」
「ありがとう」
 甘え上手な小豆の微笑みに悪い虫とかつかないといいけどなあ、と思う。
 だが、そう思いつつも姫鶴は笑みを浮かべて、晩酌の諸々を自室に置くと、小豆に肩を貸したのだった。

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