姫鶴+小豆/姫鶴さんと子ども化バグの小豆さん!3/おしまい!


 夕方になると、夕餉を食べるわけである。この本丸の食事は、厨番が厨にいる時間内なら食堂で自由に食べることになっている。席も決まっていない。
 折角なのでと、上杉で固まって食べていると、一文字と粟田口がぞろぞろと集まり、果てには長船の刀たちもやって来た。燭台切は厨を歌仙に任せてやって来ている。この中では子ども化したのは小豆だけらしい。
 なお、平安刀が集まっている場所なぞを見ると、鶴丸と獅子王が小さかった。なるほどそこが被害に遭ったか。
「姫鶴」
「ん。なあに、あつき」
「いや、ぼうっとしてみえたから。なにかあったかい?」
「いんや、何も」
 姫鶴はそう言って、食事に戻った。春の匂いが、食堂にも入り込んでいた。

 夕餉を終えたら、風呂に入る。早めに休んでしまおうと姫鶴が言うと、小豆はキョトンとしていた。
「どしたの?」
「いや、わたしはへやにもどるけれど」
「俺のところに泊まりなよ。ああ、大般若に伝えとく?」
「えっと……いいのかい?」
「うん。布団ならあるし」
「ではへやによういをとりにいくよ、兄弟にもあえるといいのだけれど」
「大般若、遠征?」
「いや、いるはずだけど、みてないね。どうかしたのかな」
「まあ、彼なら平気でしょ」
「そうだね」
 じゃあまた風呂場で。そうして去っていった小豆に、姫鶴は然しなあとぼやいた。
「なーんか、危なっかしい……」
 独りにさせて良かったのか。給湯室で思ったことを思い起こさせて、何だか背筋がぶるりと震えた。

 風呂場で待ち合わせ、共に大浴場に入る。風呂場にいる刀は少なく、陸奥守が子ども化バグに遭った肥前と南海を風呂に入れていた。独りでふたりは無理では。そう眺めていると、水心子と清麿が助っ人に入っていた。良い判断である。
「んむう……」
「どしたの」
「からだがちいさいと、おふろがふかいね」
「その段差のところに座りな」
「うん、そうするよ」
 こどもたちはたいへんだねえ。そうのんびり笑う小豆に、一晩の辛抱だよと姫鶴は応えた。

 風呂を出て、自室に戻る。その道中、大包平に会った。
「小豆か。子ども化バグだろう」
「そうだよ、おじいさま」
「今、審神者に言われてバグの物に配っていてな。これだ」
「ええと、こんぺいとう?」
「特別な根兵糖だ。霊力が詰まっているらしい。練度には作用しないそうだ」
「おうきゅうしょち、かな?」
「バグが速やかに直ることを期待してのことだ。あと、子ども化中は霊力供給が滞る。だから姫鶴と居たんだろう?」
「あ、そういうこと」
「なるほどぉ」
 小豆と姫鶴が、通りで一緒にいると安心するんだと頷いていると、大包平は無意識だったかと呆れていた。
「バグのない刀と同じ部屋にいるだけで充分に霊力供給が行われるぞ。ただ、逸話のある刀だと、逸話の再現により、霊力供給を操作できる」
「俺だったら、夢枕に立つ、とか?」
「正解だ」
 まあ、根兵糖があれば関係ないだろう。大包平はそう言って、他の物にも配ってくると去って行った。
 小豆の手に残された小瓶の根兵糖は、白い色をしているが、普通のものより少し大きかった。
「へやにもどったらたべよう」
「それがいいんじゃね。布団敷いてからがいいかな」
「ふくさようとか、ありそうだからねえ」
 甘いのかな。そう興味深そうな小豆に、用法用量は守ること姫鶴は言い含めた。

 部屋に入り、明かり灯し、布団を敷く。寝る準備を整えていると、あ、そうだと小豆が言った。
「ねまぎは毛利がよういしてくれてね」
「あ、そうなんだ」
「いま、きがえてもいいかな」
「ん」
 小豆は洋服を脱ぐと、寝間着に着替える。春は朝晩が少し寒いからと、長袖の白いパジャマだった。
「かあいい」
「わたしより謙信たちにいっておあげ。うーんと、これでいいかな」
「多分大丈夫でしょ」
「なら、こんぺいとうをたべてみようかな」
 文机に置いた小瓶から根兵糖を取り出す。小豆は小さな手でそれをしっかり持つと、口を開いて食べた。むぐむぐと舐めて、噛む。
 くらり、小豆がふらついた。
「あつきっ」
「だいじょうぶ。これ、れいりょくがこいのだぞ」
「いや、そういうもんでしょ……大丈夫?」
「うん。でもたぶん、ぜんぶたべたらきをうしなってしまうね。もうひとつぶたべたら、姫鶴のれいりょくをまとう」
「ん、そうして。心臓に悪い」
「はは、すまないね」
 小豆はそう言って、二粒目の根兵糖を手にした。

 根兵糖を食べて、ふらふらになった小豆を布団に寝せる。大人の姿向けの布団なので、子どもの姿の小豆には大きい。
「ていうか、元に戻ったら、服、どうなんの?」
「まじないがかけられているらしいぞ」
「そうなんだ。じゃあ、いっか」
 ううと呻く小豆に、辛そうだなと姫鶴は眉を寄せた。額の汗を拭うお、その肌の冷たさに驚く。思わず、姫鶴は声を上げそうになった。
「ちっと、ごめん」
「うえ……」
 姫鶴が小豆と並んで布団に入る。
「おんなじへやでも、だいじょうぶだって……」
「らしいけどさ、温めた方がいいかなって」
 冷えてる。そう言って抱きしめると、小豆が小さな体を擦り寄せた。冷たい。姫鶴はきゅっと腕に力を込めた。
「さむい……」
「春だから」
「うん……」
 寒いよと震える小豆が痛々しくて、姫鶴はただただ彼を抱きしめた。

 春の風、春の匂い。枝から萌芽が咲き乱れる。
 夢だ。
 小豆が座っている。姫鶴がたったと駆け寄ると、小豆がどうしたんだいと声をかけてくれる。背の高い彼に、姫鶴はあのねと囁いた。
「あつき、は、綺麗」
 あと、優しいよ。そう笑えば、小豆は少し驚いてから、ふわりと笑った。ああ、桜が舞う。
「姫鶴こそ、とてもきれいだね」
 ああ、天啓。

 朝だ。春の朝露の匂いがする。
 ふっと目を開くと、小豆が普段の大きさで眠っていた。姫鶴は抱きしめていた腕を解いて、起き上がる。そして、彼の胸に手を当てた。とくんとくんと心臓に似た臓物の鼓動が感じられた。
 ん。と小豆が目を開く。
「おはよう、姫鶴」
「おはよ、あつき」
 今日も綺麗なその刀の、存在を確認するように、手を握った。たこのある、大きな手。よく手入れされていて、滑らかだった。
「ゆめに、」
「ん」
「姫鶴がいた」
 夢枕に立ったのかい。そう言われて、そうかもねと姫鶴は微笑んだ。

 春はやがて移り変わる。この本丸の季節は審神者次第だから、明日はどうなるのかすら分からない。でも、もう少し、春が長くてもいい。
 そんな気がした。

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