姫鶴+小豆/泥


 泥が跳ねる。大雨が降る。

 今夜中、降り続くでしょう。五虎退が言っていた。姫鶴は、そういう日もあるかと、納得した。
 雨のため、本丸屋敷内で過ごす刀が多い。大典太などは蔵に行ったが、基本は自室に閉じこもることに決めた刀が多そうだ。
 湿気とか嫌だもんね。姫鶴はふむと考えて、ふらふらと屋敷を歩く。光を求めて歩けば、一室から光が漏れていた。音は聞こえない。姫鶴はそっとその部屋に向かった。
 図書室と名札があった。扉を開けば、数口の刀たちが本の整理をしていた。湿度と温度は本のために調整されているらしく、ほっと息を吐いた。
「おや、姫鶴だね」
 小豆が振り返る。目ざとく気がついた歌仙が、少し休んでおいでと図書室の隅にあるテーブルと椅子に視線で案内した。
 テーブルにつくと、姫鶴は口を開く。
「本、読むんだ」
「まあね。姫鶴はよむのかい?」
「まだ、読んでない。オススメとかある?」
「姫鶴がすきなけいこうをしらないと、すすめられないぞ」
「それもそうか」
 外は大雨だ。図書室は静かだ。皆が静かに本の整理をしている。小豆と歌仙の他には、鶯丸、平野、小夜、三日月等がいた。無駄口は叩かない刀ばかりだ。
「姫鶴」
「なに?」
 大したことではないんだ。小豆は言う。
「ほんのせいりがおわったら、すこしおさけをのもうとおもってね。つきあってくれるかい?」
「俺でいいの」
「姫鶴がいいんだよ」
「ふうん、分かった」
 じゃあ約束、と小指を出すと、小豆はふわふわ笑って小指を絡めた。指切りげんまん。そんな歌を小声で歌ってから、さてと姫鶴は立ち上がる。
「これ以上は邪魔になるし、行く。あつき、楽しみに待ってる」
「うん。姫鶴のへやにいくから、」
「待ってるから」
 大丈夫、小豆は約束を破らない。

 小豆と別れて、図書室を出る。ザアザアとした雨の音が大きくなった。本降りだな。姫鶴は目を細める。あまり降られては、畑が駄目になる。今夜限りだといいんだけど、とは思う。
 ふらふらと自室に向けて歩く。道中、誰にも会う事無く、姫鶴は自室に入った。
 部屋は暗い。電気灯を着けると、明るくなる。大して物の無い部屋だ。これから増えるよ。とは、謙信の弁である。物が増えるのだろうか。姫鶴は、給金の大半は貯金に回している。
 部屋を飾ることにあまり意味は見いだせない。だが、この部屋に小豆が来るとなると、もう少しきちんとしていた方がいいのかとも考える。
 何だろう。香を炊くとかかな。姫鶴は今度、家具について調べようと決めた。刀には一部屋は気が重いように感じる。
「やあ、姫鶴」
「あ、もう来たんだ」
「うん。さきにあがっていいよといわれてね。おさけとつまみならもってきたよ」
「ありがと。入って」
「おじゃまします」
 さあ、夜はこれからだ。姫鶴は、呑み過ぎないようにしないとと気を引き締めたのだった。

 外は大雨。泥が跳ねるような強い雨に、小豆の持ってきた酒が身に沁みた。

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