姫鶴+小豆/奇跡


 何でもないように笑ってる。

 蝉の声がする。残暑、まだ蝉が生きてたのかと姫鶴は思う。納屋の傍ら、よく風が通る裏側の日陰で、姫鶴は休んでいる。もっとよいところでやすめばいいのに。そんなことを小豆は言うが、それこそ、小豆こそ厨に立たなくてもいいんだけどと言いたかった。肉の器には、厨当番は大切なので、言えなかったが。三大欲求の一つが食欲なだけはあるなと、姫鶴は思う。

 肉の器を得て、戸惑うことは沢山あった。そういうのにも慣れて来て、姫鶴には余裕が出てきた。こうして一休みしながら、ポツポツと思うのは上杉の子たちの事である。皆と再会できて良かった。姫鶴にとってはそれが一番である。その中でも、最も会えるとは思わなかったのは小豆長光だろう。
 彼は何処からかやって来て、振るわれ、消えた。短い期間に、姫鶴は小豆のことが大好きになった。立派な、上杉の子である。でも、果たして小豆はどこから来て、どこに消えて、どうして今、本丸なぞに居るのだろう。
 毘沙門天の加護そのもの、そんなふうに思うほど、彼は特別だったから。

「やあ、姫鶴」
「ん、あつきじゃん。どしたの?」
「きゅうけいだよ。あとこれ、すいとうと、おかしだぞ」
「なにこれ?」
「めれんげくっきーだ」
「まぁた手の込んだものを」
「そうむずかしくはないさ。こんきはいるけどね」
 小豆はにこにこと笑いながら、ここは涼しいねと姫鶴の隣に座る。審神者が置いたという長椅子は、ここが居心地良いと知っている誰かが審神者にねだったものだとか。まあ、いい仕事だね。姫鶴は、小豆を地べたに座らせることにならなくて良かったと安心した。
「ところでね、」
「ん。なに」
「おとうさま……燭台切たちが、きみがわたしにあまいって」
「んなつもりはない」
「わかってるよ。姫鶴にとっては、謙信と五虎退と、おなじようにあつかっているだけだ。でも、かれらとわたしではみためがちがうから」
「そりゃ同じ刀は無い」
「とうしんではなく。にくのうつわのことだよ」
「あつきは綺麗だから、綺麗に扱ってるだけ」
「んん、はなしが……」
「俺は接し方を変えるつもりはないから」
「あ、そう……まあいいか」
 小豆は仕方ないなと笑っている。その笑顔が眩しくて、姫鶴はそっと手を伸ばす。その頬に手を当てる。蝉の声、残暑。小豆の頬はほんのり冷たい。
「ねえ、あつき」
 俺はね。
「あつきと会えたことが、まだ奇跡に思えるんだ」
 小豆はきょとんとしている。生温い風が吹く。今日はよく晴れている。
「姫鶴こそ、あえるとはおもわなかったぞ」
 覚えていてくれるとも、思わなかった。そんな言葉に、俺はそんなに薄情に見えるワケと眉を寄せたのだった。

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