小豆+姫鶴/小豆さんと一文字の美味しい噺5/完


 夏の本丸。蝉時雨。ああ、今日も暑い。厨は他より随分と冷えているけど、窓越しの外が暑くて敵わない。
「あつきってさ」
「うん?」
「細かいこと、好きだよね」
 姫鶴はぺりぺりと琥珀糖をシートから皿に移しながら、呟く。小豆は同じ作業をしながら、そうかもしれないねと微笑んだ。
「すいーつは、どれもせんさいだからね」
「そうじゃなくて」
「ん?」
 ちらりと姫鶴が小豆を見る。小豆はせっせと琥珀糖の出来を見ながら、あれこれと皿を用意する歌仙に声をかけていた。

 ガラスの皿はあるかい。それならこちらがいい。懐紙がいるかな、合わせるのは冷茶だろうか、等々。

 楽しそうな二口に、姫鶴は少しばかり拗ねた。が、すぐに気がつくのが小豆である。
「どうかしたかな?」
「……だって、今も」
「うん」
「他の一文字と会わせないようにしてくれる」
 きょとんとする小豆に、そういうところだよと告げた姫鶴は、琥珀糖を慎重に扱った。

 小豆が小豆長光だと、直ぐに分かったのは、こうした気遣いをする刀だからかもしれない。ただの刀だったあの頃は、お菓子作りなんてしなかったけれど、それでもいつも周りに気を配る刀だった。

 変わらないね。そう伝えれば、小豆は困った顔をして、そうかもしれないねと言う。

 彼にとって上杉家とは何だったのだろう。たまに姫鶴は考える。いつも優しくて、穏やかで。戦場を厭う癖に、誰よりも覚悟があって。
 そう。人を斬るのはあまり得意ではないという彼と、人を斬るよりお菓子作りがしたいと言っている彼は、同じ刀だった。

「姫鶴もかわらないね」
「……んと、そう?」
「うん」
 きれいなかたなだ。それは確実に本体を指していて。姫鶴は思わず笑みをこぼした。
 この刀は変わらない。本当に。

「あとで俺を見てよ」
 日常の手入れが、まだ慣れなくてさ。そう言うと、そうだねと小豆は笑む。
「ちゃんと、どうぐをそろえてね」
 たりないものはあるかな。そう問われて、姫鶴は応えるのだ。
「足りないもの何て、無いよ」
 小豆長光。あなたが居れば、それでいいのだ、と。

 二口で出来を確認した琥珀糖は、全て綺麗に結晶化していて。本丸の刀たちは歌仙の選んだ冷茶と共に、それぞれがよく楽しんでくれたのた。

「あつきー!」
「あ、小豆さん!」
「おや、どうしたのかな」
 あのねと謙信と五虎退が密やかに言う。
「姫鶴が、だいすきっていってたのだ!」
「お菓子が美味しいって言ってました」
「ちと待って、けんけん?! ごこ?!」
「ははは、わたしもみんながだいすきだよ」
「……はあ、もう」
 優しいなあと姫鶴はため息を吐いた。
 憂い顔のようでいて和らいだ顔の姫鶴をそっと遠目に眺めた則宗は、今日も元気だなと言う。そうしてうははと笑っては、加州たちに呆れた顔をさせていたのだった。

- ナノ -