小豆さんと一文字の美味しい噺2/小豆+日光


 カタカタと一口で書類を作成している日光がいる。夏の本丸は日本を模しているだけあって、とても蒸し暑い。この部屋は冷房が効いているが、窓の外はとても過ごせそうにない。
 時間は昼をとうに過ぎたお八つ時。今が一番暑いという人もいるな。疲れから、そんな思考がちらりと現れた。
 この暑さだ。熱中症になど、なったら大変だ。実際、どら猫は熱中症で倒れたことだし。
 もやもやと考えがまとまらない。しかし休憩するより手を動かしたいところである。日光は目元を押さえるようにぎゅっと瞬きをした。

 トントンとしっかりとした足音がする。日光の部屋の前で止まるので、彼は手を止めた。
「すまない、立て込んでいるから後でいいか」
「ああ、すまないね。でも、あまりこんをつめてはいけないよ」
 声を聞き、その滑らかな音に、二度見する。小豆がお八つと飲み物を乗せたトレーを手に、そこに居た。

 本丸の厨当番だけは敵に回してはいけない。食べ盛りの刀剣男士たちの密かな決め事である。
 日光は書類仕事の手を完全に止めて、小豆に向き直った。
「すまない。貴方も忙しいだろうに」
「かまわないよ。おしごとおつかれさまだぞ」
「それは?」
 どら焼きと緑茶だろうか。だが、この本丸の小豆がただのそれを出すのだろうか。やや訝しむと、小豆はふふと笑った。
「あるじが、ごゆうじんから、くりのかんろにをたくさんもらってね。これは、くりあんのどらやきだよ」
「栗餡……」
 この肉の器を得てから、初めて口にするものだ。名前すらも初めて発音する。一体どんな味だろうか。想像もつかない日光の曖昧な顔に、小豆は眉を下げた。
「にがて、だったかな?」
「いや、そんな事はない」
「そうかい? あまいものは、あたまのえいようになるよ。しっかりたべて、おしごとにもどってね」
 じゃあまた、夕餉時に呼ぶからね。そう言って小豆は去っていく。

 彼を見送った日光は、手拭きで手を清めると、どら焼きに手を伸ばした。しっかりとしたそれは、恐らく手作りなのだろう。食べれば、ほろりと餡と栗の甘さが広がる。そっと飲んだやや苦い緑茶が心地良かった。

「やはり、厨番は敵に回すものじゃないな」
 これはまた、旨いものだ。そうぼやいていると、たたんと軽快な博多の足音が聞こえてきた。もうひと踏ん張りだ。日光は食器を置いて、やがて訪れる博多を迎えた。

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