小豆さんと一文字の美味しい噺/小豆+則宗


「おうい、小豆さんや」
「おや、なんだい則宗さん」
 おやつかい。小豆が厨にある小さな椅子に座って読んでいた料理本から顔を上げると、則宗がいた。
 則宗は窓際まで寄ってきて、腹が減ってなあと笑った。その頭には麦わら帽子が見える。夏の本丸はとても暑い。汗がにじむ彼に、小豆は新しい手拭いを出して渡した。
「きょうは、はたけとうばんかな?」
「そうだぞ。南泉の坊主と一緒でな」
「おや、南泉くんはどうしたんだい?」
「それが、熱中症で倒れたんだ。そのヘルプで山姥切の二人が入ってくれたんだが、お互いしか見てなくてなあ。うはは」
「ああ、すぐおしゃべりするからね」
 けんかではないのだけどねえ。小豆はそう言うと、早めにお八つと飲み物を出そうと席を立った。

 冷やしておいた果物のゼリーを器に盛り付ける。飲み物には煮出しの麦茶だ。則宗がおおと目を輝かせる。
「この果物は桃かい?」
「うん。かんづめのね」
「うはは、いいなあ。僕は甘くて好きだぞ」
「おや、いがいだね。いやがるかと」
「そうかい? 政府で色々食べさせられたが、今ここにいる僕としては、生の果物より、火の通った果物が好きだな。砂糖で煮てあると一等旨い」
 うむと頷く則宗に、それならと小豆は口を開いた。
「じゃあ、あっぷるぱいとかいいかもね」
「お、作ってくれるのか?」
「いや、おとうさま……燭台切さんがつくりたいってれしぴをながめてたんだ」
「ああ、長船の祖か。あの刀はどの個体でも大体凝ったものを作りたがるな。政府でもたんと作って差し入れしてたぞ」
「おいやかな?」
「いや、悪くはないが。僕としては小豆が作る菓子の方がいい」
「ほめてもおまけしかだせないよ?」
「おまけをくれるのか! そりゃ嬉しいな」
「ふふ、さくらんぼをつけよう」
 山姥切の二口にも運んでねと小豆がトレーに三口分のゼリーと飲み物を出すと、任せろと則宗は意気揚々とトレーを手にしたのだった。その手は汚れ一つ無かったので、厨に来る前に手を洗ってきたことは確かだった。

 則宗が去るのを見送って、じわじわと賑わいだした食堂を見渡すと、小豆はお八つをせっせと皿に出し始めた。

 手伝いを申し出た五虎退が、あれと不思議そうにする。
「あの、小豆さん、嬉しそうですね」
 どうかしましたか。そう言われて、小豆は大した事じゃないと声を上げて笑った。
「おやつのまえでは、みんなすなおだね」
 いいことだよ。楽しそうな小豆に、五虎退はそういうものですかねと首を傾げた。

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