南泉一文字中心/夏の本丸にて


 南泉には一文字一家という大きな枠組みがあるが、それはそれとして、本丸に励起してから長い時を経ているのである。

「うにゃあー」
 ぐっと伸びをする。場所は本丸の長屋の縁側。この本丸には本拠地としての役割として城があり、屋敷があり、長屋がある。勿論、天守閣や城門や堀もある。
 長屋は本丸設立の初期に、刀剣男士用として審神者が霊力を消費して建てたものだ。今ではだいぶガタが来て、大方の男士は屋敷の居住スペースに移った。つまり、長屋に住むのは物好きな数口となっていた。
「あ、南泉おはよう」
「おー、獅子王さんおはよ。そいつの陰干し、にゃ?」
「鵺な!」
 今なら北門あたりかなと獅子王はタオルドライを終えた鵺を抱えている。
 うななんと呻く鵺はショボショボと元気がない。まあ風呂は嫌だよな。南泉はそっと愛用のドライヤーを渡した。獅子王はそれいいなと部屋に戻っていった。彼の部屋は二階の東向きの角部屋だ。今は日向だが、じきに風も通るだろう。

 さらさらと風が吹く。トントンと軽妙な足音がした。
「南泉さんおはよう! 朝飯できたぜ!」
「おはよ、愛染。呼び出しご苦労さま、にゃ」
「おうよ! 鯰尾さんたち知らないか?」
「んー、今なら馬小屋じゃねーか、にゃ」
「馬小屋か! 行ってみる!」
 今日はホッケの干物だぜ。去り際の愛染に言われて、そりゃ楽しみだと手を振った。

 食堂には多くの刀が集まっていた。刀が多い時間を避けたり、部屋で食べる物好きもいるが、大抵は皆が似たような時間に食事を摂る。元々は大食堂に全員揃って食べていたらしいが、所属男士の増加と部隊のやりくりで廃止された。
 ホッケの干物に味噌汁と白飯、沢庵の美しい色艶に腹の虫が鳴る。そこで、おういと声をかけられた。
「南泉、俺だ」
「あー、国広の」
「山姥切国広だ。少し話がある。長屋の井戸の掃除についてなんだが」
「俺もいるぜ」
「あ、獅子王さん」
 そこには長屋の物好きな仲間たちが揃っていた。獅子王、山姥切国広、鶯丸と大包平、大倶利伽羅、鶴丸国永、歌仙兼定、そして南泉というわけである。時代も由来も異なる卓に着くと、井戸の大掃除についてあれこれ意見を交わす。あれこれ案を言い合い、掃除の日程を決めた。歌仙が代表して審神者に日時を提出するらしい。急に遠征でも入れられたら大変だからだ。

 朝餉を終えた南泉は休暇を確認して、蔵に向かった。蔵のそばは静かなので日向ぼっこに向いている。ふんふんと歩いていると、蔵から前田が出てきた。おやと足を止めると、すぐに南泉さんと声をかけられた。
「どうしたんだ、にゃ」
「ええと、大典太さんが蔵にいます」
「あー、いつもの」
「はい。今からお食事を運ぶので、少しそばにいてくださいませんか?」
「大典太さんの? 俺なんて必要ないだろ、にゃ」
「そんなことはありません! 大典太さんもおそばに誰かいると気が晴れます」
「そうかにゃあ……」
 まあいいか。南泉は蔵に入った。すると奥で本を読んでいた大典太がひょいと顔を上げた。青白い肌が淡い裸電球の色で煌めいている。
「南泉、だったか」
「俺なんかじゃ悪いか、にゃ」
「いや、助かる。前田が……」
「うん?」
「……俺が一口だと、前田が心配する」
「それもそうだにゃ」
 これに懲りたら蔵から出ろと言うと、無茶を言うなと眉を下げられた。

 南泉は結局、半日は蔵で過ごすと、昼餉の握り飯をもらって長屋に戻った。自室に入ると、カンカカンと遠征部隊の帰還が告げられた。ああまずい。手早く握り飯を食べて、茶で流し込む。ちなみに具は鮭だった。
「坊主ー、南泉の坊主はいるか?」
 土産に鮎の燻製をもらったぞ。そんな一文字の祖の声に、今行きますと南泉はたったかと部屋を出たのだった。

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