則清/喰らうもの


 愛情に餓えているとして。それでも、加州の愛を埋めることが出来るのは、審神者だけである。それは物たる存在の純然たる摂理である。加州清光はどこまでも、刀なのだ。
「坊主どうした」
 だから、驚いた。キラキラと輝くような、彼の目が、口元が、髪が。全てが加州を掴んで離さない。そのことに、自分自身がひどく、驚いた。

 夏だ。蝉時雨の中、加州はたったかと走る。
「ねえ、じじい。お八つにかき氷を作るらしいけど、何味がいい?」
「イチゴで頼む」
「あっそ」
 坊主は何味にするんだ。則宗が、内番着で問いかけた。加州は、まあ檸檬かなと答えておいた。
「あ、加州!」
「どーしたの獅子王」
「爺さんたちにりくえすと聞いてきた! 加州は聞き取り終わったか?」
「まあね」
「おや、僕が一番最後だったのか」
「そういうこと。じゃあ獅子王、行こっか」
「おう! 則宗の爺さんも熱中症に気をつけろよな」
「うはは、気をつけよう」
 にしても獅子王にじじいと呼ばれるのはな。そんな則宗の副音声が聞こえて、加州はじじいなんて自称するからだと呆れた。

 でも、それもどこか優しくて愛を感じられて、嫌いになれないから変な刀だ。

「獅子王はさ」
「うん」
「俺と則宗さんのこと、どう思う?」
 そう問いかけながらかき氷を運ぶ用意をしていると、獅子王はそうだなあと微笑んだ。
「羨ましいよ」
「……は?」
「とても、な」
 何が。そう質問するには、あまりに獅子王が物悲しく見えて、加州は何も言えなかった。

「獅子王という刀は、一度も実戦に出なかった」
 少なくとも、政府の認識はそうなっている。加州の運んだかき氷を食べながら、則宗は言う。加州はその言葉に、かき氷をつつきながらも、何も言えなかった。刀にとって、使われないことが、どういうことか。加州には分からないけれど、この本丸ではよく聞いた。そのことを弱点だと言う刀も、よく居た。
「知っているか、坊主」
 鵺退治の褒美であって、獅子王は鵺を退治したわけではないのだ、と。
「下手をすれば歴史が変わりかねない。不安定な刀だ」
「……そう」
 本刃はどこまでも元気に振る舞う。そうしたいのなら、そうさせておけばいい。
「ただな、坊主」
 僕達のことを聞くのは、迂闊な相手だったかもしれんなあ、と。
「そうかもね」
 歴史を喰らい合うような存在が、獅子王にもいるのだろうか。
 愛を奪い合うような存在が、いるのだろうか。
 だとしたら、あまりに、虚しい。悲しい。理不尽を覚える。
「愛されたいなら、身の振り方をもう少し考えろよ、坊主」
「うるさあい」
 分かってるよ。そう答えれば、則宗は穏やかな目でうははと笑っていた。

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