村雲+獅子王中心/俺の教育係さまっ!2/続く、かも


 明け方、村雲は物音で起きる。五月雨が起きていたのだ。
「あ。雲さん、起こしましたか」
「うん。どこかに行くの?」
「城の警備の、早番なんです。雲さんは獅子王さんが来るまで、寝ていて大丈夫ですよ」
「いや、起きるよ」
「そうですか。では、私は行きます」
 そうして部屋を出ようとして、はたと手を止める。くるりと振り返り、朝日を背中に五月雨は言った。
「雲さん、今日も勉強、頑張ってください」
「え、あ、うん。雨さんこそ、警備頑張ってね」
「はい」
 五月雨はそうして出て行った。村雲はふあと欠伸をしてから、よっこらせと起きて身支度を始めた。

 獅子王が来るまで読書でもしようと、まず教科書として与えられた本を読む。刀剣男士についてのいろはが書かれた本によると、刀剣男士の個体差はかなり大きく、審神者によっても膨大な差異があるのだとか。
「大変だなあ」
 ふうむと考え込んでいると、障子の向こうから声がした。
「村雲、起きてるか? 獅子王だぜ」
「はい、起きてるよ」
 するりと戸を開き、獅子王はおはようと挨拶をしてくれた。村雲はおはようございますと返事をして、今日は朝の散歩をしようと手を引かれるままに外に出た。

 時折、朝露に触れながら進む。初夏の本丸の朝は涼しい。武道場や城の場所、見張り台や井戸など、本丸の地理を教えられる。そして最後に本丸屋敷の玄関に戻ると、獅子王はくるりと振り返った。
「もし本丸で迷ったらてんとう虫のまじないを使うんだ」
「へ?」
「呪文を教えるからさ、覚えてくれよ。ええと」
 獅子王は指を空に向けて歌うように唱える。
「"てんとう虫、てんとう虫、家へ飛んで帰れ、お前の家は火事だ、子ども達が焼け死ぬぞ"」
 すると獅子王の指先から、ぷうんと雲のようなテントウ虫が飛び出し、ふわりと本丸に入った。
「このてんとう虫を追いかければ、本丸の玄関、つまりここに辿り着くからさ」
「え、俺も出来るの?」
「おう! この本丸に所属してれば誰でも使えるぜ」
 一回練習してみるか。そう言われて、村雲は人差し指をそっと空に向けた。
「て、"てんとう虫、てんとう虫、家へ飛んで帰れ、お前の家は火事だ、子ども達が焼け死ぬぞ"……」
 すると雲のようなテントウ虫が指先から出てきて、すうっと本丸に入った。そのまま消えたテントウ虫に、上出来だと獅子王は笑っていた。
「にしても、ちょっと怖い呪文だね」
「そうかもな! ま、すぐ慣れるぜ」
「迷う刀、多いの?」
「新入り時代は誰でも迷うかな。この本丸は他より広いらしいから」
「ふうん」
 村雲はそういうものかと受け止めた。

 朝餉を終えて、獅子王と村雲は武道場に入る。カンッと打ち合っていたのは和泉守と大和守だ。加州と堀川が、村雲達に気がついてやあと声をかけてくれる。
「鍛錬に来たの?」
「そんな感じ。村雲、器が戦闘に出れるものか試験してみようぜ」
「必要なの?」
「たまに出れない刀がいるんだ」
「それ致命的じゃない?」
「おう。だから試験な」
 大和守と和泉守の試合を止めて、獅子王と村雲は木刀を手に向き合った。
「って、獅子王さんに切り込むの?!」
「おう!」
「無理!!」
「大丈夫。俺は体が慣れてるからさ」
「ううっ俺が二束三文だからなのか……」
「そういう訳じゃないってば」
「敵なら兎も角、獅子王さんには」
「じゃあこっちから仕掛けるぞー」
 よっと獅子王が木刀を振るう。カンッと村雲は受け止めた。考える前に体が動く。そのまま、鍔迫り合いからの打ち合いに変化する。村雲は自然と体が動く。獅子王はそれを見極める。カンッと獅子王が村雲の手から木刀を弾き飛ばした。あ、と村雲は意識を取り戻す。
 どこか雲がかった意識が戻ってきた。
「……成る程な」
 獅子王は難しい顔をしていた。
「村雲、今、意識あったか」
 村雲は答えられない。分からなかった。
「そう、やっぱりか」
 獅子王は、村雲の異常に気がついたのだ。

 審神者への報告と、健康診断となる。定期的に健康診断は行われるらしいが、今回の村雲は定期的なそれではない。白衣姿の薬研が、成る程と頷く。
「村雲の旦那、よく聞いてくれや。ま、分かってるだろうが」
「うん」
「刀剣男士として、神格が高い。本来、本丸で励起される村雲江よりも、だ。戦闘中に意識を失ったのは、その間、本霊が干渉していたものと思われるぜ」
「どうすればいいの?」
「戦に出たいなら、まずは本丸でじっくり生活して、大将の霊力と馴染むことだな。そうすれば自然と本霊からの干渉は減るだろう。ただ、神格についてはどうしようもない。教育係と大将と相談だな」
「他にも、そういう刀いるの?」
「異常の無い刀のほうが少ないぜ?」
「あ、そういうものなんだ」
 じゃあお大事にな。村雲を迎えに来た獅子王を見て、薬研はひらひらと手を振った。

「薬研から報告書を後で受け取るけど、どうだった?」
「なんか神格が高いとか……」
「やっぱりか」
 獅子王はふむと頷く。
「打ち合いできらきらーってしてたから、そうだろうなと思ったけど」
「きらきら?」
「なんか、違うなって感覚。刀剣男士として、試合が一番相手のことが分かるからさ」
「そうなの?」
「そうなの!」
 一先ず、汗を流すか。獅子王に誘われて風呂に入りに向かった。

 それからの昼間は畑仕事を習った。そこで桑名に会い、やあと挨拶を交わした。五虎退や秋田がちまちまと手伝いをしていたように見えたが、それでいて畑仕事は五虎退と秋田の方が先輩らしい。励起したのが、どうしても遅かったからね。桑名はふわふわとした調子で言っていた。

 夕餉を食べ、風呂に入り、自室に戻る。獅子王が着いてきてくれて、五月雨に迎えられた。
「神格ですか」
 成る程。五月雨が頷く。獅子王は同室には伝えた方がいいからさと教えてくれた。説明自体は村雲自身で行った。
「体が馴染みさえすれば強くなれそうですね」
「それはそうだな」
「俺が?」
「はい」
「そうだぜ」
 強くなれるのか。もごもごと口の中で言葉を転がしていると、獅子王がそう深く考えなくても大丈夫と笑った。
「しばらく出陣が出来ないけど、本丸で生活してれば、出れるようになるから安心しろって!」
「そう?」
「獅子王さんが言うならそうでしょう」
「そっか」
 じゃあ、早く寝ろよ。そう言って、獅子王は部屋を去った。村雲は言われるがままに、早く寝るために布団を出した。
 五月雨は師匠からの文の返事を読んでいたが、すぐにそれを畳んで布団を敷くことに参加したのだった。

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