村雲+獅子王中心/俺の教育係さまっ!/続くかも


 ひょこひょこと歩いている。
 金糸のような髪を結い上げて、内番着の黒い服に身を包み、細い体躯でひょこひょこ歩く。
「ということで、村雲の教育係はこの俺、獅子王様だぜ!」
「何がどういうわけなの……」
 村雲はくらりと目眩がした。

 村雲と同室になったのは五月雨だった。雨さんと駆け寄ると、雲さんですかと受け入れてくれた。明日から、教育係の教育を受けることになる。もう夜も遅い時間だった。
「教育係、雨さんがよかったよう……」
「この本丸では、由縁のある刀は教育係になれませんから……」
「ええっ、そうなの?!」
「はい。私も教育係は今まで縁のない刀でした」
「え、誰?」
「そのうち分かります」
「そのうちかあ」
 兎も角、今日は早く休んで明日からの本丸生活に備えましょう。五月雨はそう言って布団を出してくれた。

 翌朝、おはようと五月雨と村雲の部屋に獅子王がやって来た。
「身支度で分からないことはあったか?」
「大丈夫」
「私が教えることもありませんでしたよ」
「そうか。刀によるからなあ。個体差ってやつ。じゃあ村雲、厨に行こう!」
「え?」
「厨番に挨拶。ついでに手伝うんだ」
「刀なのに?」
「刀剣男士として肉の器を得たんだ。それぐらい普通だって」
 ま、俺も得意じゃないけど。獅子王はニカッと笑い、村雲は思わず五月雨の服の裾を握った。明るすぎる。

 厨番は燭台切と加州だった。おはようと二口は新入りの村雲に声をかけ、嫌な顔一つせず、村雲と獅子王が手伝うことを認めた。
 じゃがいもの皮むきをせっせと手伝う。手を切らないように、子ども向けの包丁を渡されていた。
 獅子王に褒めてもらいながら、進める。五月雨がひょいと顔を出した。
「いつものいただけますか」
「準備できてるよ。はい」
「ありがとうございます。雲さん、頑張ってください」
「うん!」
 五月雨は燭台切から水筒を受け取って、どこかに消えた。どこに行ったんだろう。そう村雲が首を傾げると、獅子王が答える。
「五月雨なら、城の警備な」
「え、本丸内なのに?」
「襲撃の可能性はゼロじゃない。主が体調を崩すことだってあるし、」
「頭が体調を崩すと、どうなるの?」
「本丸内に異常が出る。色んなことが起きるから、何か違和感があったらすぐに教育係に伝えること。村雲の場合は俺だな!」
「そう……ねえ、雨さんの教育係って誰?」
「五月雨の?」
 聞いてないのか。きょとんとした獅子王の顔に、そのうち分かるとしか言われなかったと村雲は不機嫌顔になる。
「ははっそれなら、俺も言えないな!」
「何で?」
「まあまあ、どうせそのうち分かるぜ? 教育係と弟子の関係は、この本丸だと、かなり大切にされてるからな。それに、教育係を務める刀剣男士はわりと限られてる」
「え?」
「条件は、修行を経ていること、練度が充分であること、主の作った試験に合格していること。これを全て通過することで、教育係になれるんだ」
「獅子王は、教育係になりたかったの?」
「おう! 練度が充分になると、出陣が減るからさ、暇なのもあって。暇だと万屋街に商いに出る刀剣男士もいるけど、俺は本丸に居たかったから」
「ふうん」
 そういうものか。村雲が受け止めると、獅子王はその通りと言って、最後のじゃがいもの皮むきに取り掛かった。

「そういや俺、獅子王のこと先生とかって呼んだほうがいいの?」
 作法を教えてもらいながら朝餉を食べ終え、食器洗いをしていると、村雲はふと言った。獅子王は呼び方は別に気にしなくていいぜと泡のついたスポンジを振る。ふわりと泡が浮いた。
「俺は弟子に呼び方は求めてないからさ」
「ふうん」
「まあ、一応村雲より年上ではあるかな」
「えっ」
 そこで加州が、この刀、平安の刀だよと笑いを耐えきれない様子で言った。
「平安?!」
「おう!」
「し、獅子王さま……」
「獅子王でいいってば」
「せめて獅子王さんって呼ぶね……」
「まあ、それなら許容範囲かな」
 気にしなくていいのにな。年上らしい呑気さに、村雲はくらりと目眩がした。

 夜になり、村雲は部屋に戻る。バタバタとした一日だった。部屋に既に五月雨がいた。どうやら文を書いているらしい。
「師匠との文通なんです」
 教育期間が終わってからも続けてまして。五月雨はゆったりと言う。
「雨さんは、教育係のことを師匠って呼んでるんだ」
「はい。師匠は、そんな堅苦しく無くともいいと、言ってくださったのですが……私はなかなかの問題児でしたので」
「へ?」
「字が読めず、そして、書けなかったのですよ」
 だから、練習として文通をすることになったんです。それがずっと続いてて、五月雨はそう穏やかに言う。村雲はぽかんとする。
「個体差ってやつ?」
「そうです。雲さんは読み書きに不足は無かったのでしょう?」
「うん。獅子王さんの簡易試験も問題なかったよ」
「私はそこで問題が発覚しましたね」
「大変そう」
「はい。大変でした」
 でも師匠は根気良く教えてくださったのです。五月雨の言葉は落ち着いていて、村雲は良い教育係だったんだなあと穏やかになれた。
「明日も早いから寝ましょうか」
「うん! あ、俺が布団出すよ。雨さんは文を書き終えてからね」
「ありがとうございます」
 布団を出して広げると、村雲は寝間着となって布団に入ってすぐに眠ったのだった。

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