さみくも/藍、あなた次第


 ふわり、ふうわり。

 春の微睡みの中で、優しい手を感じた。頭を撫でるそれは、一等優しく村雲の髪に指を通している。
 ああ、気持ちがいいな。嬉しいな。村雲はとろとろと微睡みの中で微笑む。一寸、手が止まった。だが、すぐに撫でられる。嬉しい、嬉しい。村雲は微睡みの深みに落ちていく。
 待って、まだ寝たくないのに。
 そのまま、村雲は眠りへと落ちて行った。

 夕餉の時間ですよ。そう声をかけられて、村雲は起き上がった。体には薄い上掛けが掛けられていて、ぱさりと落ちる。
「へ、」
「雲さん、おはようございます」
「お、おはよう、雨さん。俺、寝てた?」
「ええ、ぐっすりと」
「わああ、午後から内番だったのに、どうしよう」
「手合わせですよね、代わりに出ておきましたよ」
「わー! 雨さんごめん!」
「大丈夫です。それよりも、体が痛くはありませんか」
「大丈夫。ありがとう、雨さん」
 へらと笑うと、五月雨はほんのり微笑んで、さあ行きましょうかと手を差し伸べる。村雲はその手を取ると、あ、と口にした。
「雨さんが撫でてくれたの?」
 手がおんなじだ。そう問いかけると、五月雨は柔らかな表情のまま、こくんと頷いた。
「きっと、雲さんなら分かってくださると思ったので」
「うん。分かるよ」
 一等優しい手を、忘れるわけがない。村雲が頬を染めて笑えば、五月雨もまた微笑んだ。

 夕餉は宴会だった。どうやら明日から特別な任務が始まるらしく、その英気を養う、という意味合いの宴会らしい。
 特に極の刀剣男士は休みは無いと思え。自身も極である長谷部が淡々と述べると、当然だと宴会はさらに賑わった。
 村雲は練度上げのため、その任務に参加することとなる。酒を注がれ、食事を運ばれ、既に随伴を頼まれている刀剣男士との顔合わせを、改めて行う。

 宴会はほどほどとして、村雲は五月雨と共に部屋へと引き上げた。
 何せ村雲は腹痛持ちである。英気を養うのも大事だが、無茶は禁物だ。
「少し休んでから湯浴みに行きましょう」
「うん、そうだね」
 温かい煎茶を飲みながら、二口だけで過ごす。春の景趣は、夜は肌寒い。温かい飲み物が心地良かった。
「私はもう練度上げは必要ありませんから」
「雨さんは練度上限だもんね」
「雲さんも頑張ってください」
「うん」
 静かな時間が流れる。宴会の賑わいは遠く、月が近い。春らしい朧月が二口を淡く照らしていた。
「一定の誉を取ると」
 五月雨が言う。
「褒美がもらえます」
「そうらしいね」
 村雲が相槌を打つ。五月雨は、目を伏せた。
「私は、雲さんと会わせてほしいと頼みました」
「えっ」
 村雲が目を丸くする。五月雨は顔を上げた。
「雲さん。練度上げは大変ですが、頑張ってください」
「え、えっ、うん」
「ではそろそろ湯浴みに行きましょうか」
「あ、待って」
 立ち上がる五月雨の手を掴む。一等優しい手。その手の持ち主が希ってくれたのかと思うと、何より幸せに思えた。
「俺、誉がたまったら、どうしよう」
「雲さんの好きな様に」
「でも、もう雨さんと会えた。これ以上は二束三文の俺には贅沢だよ」
「そうでしょうか」
 でも、考えてくださいね。五月雨は柔らかく言う。
「雲さんが望むものが、一番ですから」
 ああ。
「雨さんったら、ひどいや」
「そうですか?」
「うん。とっても」
 だから。
「大好きだよ、雨さん」
 笑みを浮かべれば、五月雨もまた笑う。
「ええ、私もです」
 好きですよ、雲さん。そんな言葉が何より嬉しくて、優しい手が何より幸せを示していた。

 今夜は朧月夜。二口は湯浴みを済ませると、布団を近づけて、身を寄せ合って眠ったのだった。

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