さみくも/問、証明せよ。


 人生が巡る縁(えにし)の流動体の塊であるように、刀の在り用(ありかた)も変わり続ける。

 村雲は目を開いた。桃色の目に、乱がうつった。
「村雲さん起きた?」
 鈴の鳴るような声だった。
「え、あ、」
「戦闘中に気絶したの。当たりどころが悪かったみたい」
 ね、ボクは分かるかな。乱が、心配そうに、村雲を覗き込んでいる。
「乱、藤四郎」
「正解!」
 大丈夫なら、五月雨さんに会ってくるといいよ。乱はそう笑っていた。

 ふらふらと歩く。出陣部隊には、五月雨もいた。徐々に思い出した戦闘の最後の記憶は、五月雨を庇って怪我をし、そのまま意識を手放したところだった。

 きりきりと腹が痛む。五月雨は庇われたことを怒るだろう。刀剣男士として戦えるのに、それを無視して庇うのだ。プライドが傷つくだろう。しかも意識を失ったことで帰還することになったのだろう。お荷物でしかない。
 乱は明るかったが、と村雲は不安になる中、そっと部屋の戸を開いた。

 五月雨がいた。
 村雲は励起してすぐ、五月雨と同室となった。親しいひとがいたほうがいいよね。近侍にして初期刀の加州の言葉により、二人はすぐに用意された二人部屋に押し込められた。
 別にそれは悪くない。村雲としても、五月雨が居てくれれば、五月雨"さえ"居てくれれば何だってよかった。
 ただ、今は少し、気まずかった。

「雨さん」
 恐る恐る、口にする。五月雨は凪いだ目をしていた。こちらを見ない。雨さん、もう一度呼ぶと、やっとその目を村雲に向けた。
 無、だった。
「意識が戻ったんですね」
「う、うん」
 淡々とした声に、村雲は戸惑う。いつもの雨さんじゃない。どうして。村雲は、分からない。
「雲さんには分かりません」
 五月雨は告げる。
「暫く、暇を出されました」
「え?」
「雲さんも、私も、暫くは出陣停止です」
 遠征も、ですよ。その言葉に、村雲は眼前が真っ暗になった気がした。


 刀剣男士として、戦えずにいるのは、苦痛である。
「一部を除けばそうだろうな」
 鶯丸がくっくと笑う。本丸に励起されてこの方、茶飲み友達で居てくれた彼だが、先日修行から帰ったかと思うと、以前とはまるで違ったような顔をして戦場を駆け回っていた。今日だって、無理を言って茶飲みの場を設けてもらったのだ。
「雨さんまで、出陣停止になるなんて。俺だけでいいのに」
「審神者に不満を言えばいい」
「言えないよ、そんなの」
「鶯丸、村雲。ここに居たか」
「おお、膝丸か」
「あ、膝丸さん、時間かな」
「いや、心配でな。村雲は審神者の言うところの、俺達の、同類だからな」
「鶯丸さんも膝丸さんも、二束三文の俺に比べたらとんでもなくすごい刀だよ」
「刀剣男士としては同じだ。で、何の話をしていたのだ?」
「五月雨の様子がおかしいそうだ」
「五月雨の?」
 膝丸は茶菓子を新しく開けて菓子皿に並べながら、きょとんとした。
「近侍の加州の手伝いをしていたと思ったが」
「俺は見ていないな。膝丸から見てどう思った?」
「特に何もないぞ。普段通りかと、思ったのだが」
「全然違うよ!」
「そうなのか?」
「そうらしい」
 ふむと膝丸は菓子皿をちゃぶ台の中央に置いた。新しい茶も用意して、さてと落ち着く。
「村雲から見て、五月雨はどう見える」
 言いたくないが、言わねばならぬ。
「……怒ってる」
 ぱちり。鶯丸と膝丸が瞬きをした。
「あれがか」
「怒ってるよ」
「あの五月雨がなのか?」
「そう」
 どうしよう。村雲が露骨に落ち込む。どうせ俺なんてと言いながら、腹をさすっていた。
「ははあ、これは重症だな」
 鶯丸がまた、くっくと笑った。


「戦闘中に庇われたあ?!」
 隊長として、審神者に出陣報告へと来た獅子王が仰天する。五月雨はそうですよと、淡々としていた。
「あの村雲が? やっぱ五月雨のことになると違うな」
「そうですか」
「で、五月雨は不機嫌、と」
「……この怒りをぶつけてはいけないことは、わかります」
「結構なことだぜ」
 ふむと、獅子王は暫し考えてから告げる。
「感情の整理がつくまでは、会わない方がいいぜ。お前たちなら、余計に拗れる」
「やはりそうなのでしょうか」
「"そう"じゃない」
 ぴしりと獅子王の我らが魂の鋼色の目が、五月雨を見た。彼の目は、確かに長くを生きた色をしている。
「喧嘩にならないから言ってんだ」
「……え?」
 五月雨が目を見開く。獅子王は五月雨をゆるく見上げている。
「依存先を増やすといいぜ。俺から言えるのはそれだけだな」
 じゃあ報告に行ってくる。獅子王はそう言って、執務室に入室した。
 残された五月雨は、深呼吸をしてから、ぼやいた。
「喧嘩に、ならないから、」
 そうなのだろうか。五月雨は不安げに目を揺らした。


「大包平はいつも怒っているな。面白いぞ」
「兄者はあまり怒りはしないが、俺が傷つくと怒っていることがある」
「鶯丸さんはいいとして、膝丸さんのそれは大切に思われているからで……」
「……大切に思い合っていないのか?」
「俺の独りよがりだよ」
「そうは思えないが。そうだろう、鶯丸」
「そうだな。お前たちは一心同体に見える」
「でも、俺はどうせ二束三文だし」
 ああ、腹が痛い。腹を擦ると、茶でも飲めと鶯丸に言われた。湯呑が指先をじんわりと温める。
「俺が大包平と言い合いになった時は、暫く距離を置くぞ」
「え、そうなの?」
 鶯丸さんが。村雲が驚くと、鶯丸は肉の器を持ったからなあと笑っていた。
「ああ、そういえば、俺も兄者と意見がぶつかった時があったな」
 励起してすぐの頃だった。
「どういった内容で言い争いになったか、今となっては覚えていないが、引き下がろうとしたら、余計に怒らせてしまったのだ」
「ええ?」
 どういう事。村雲が眉を垂らす。鶯丸がははと笑っている。
「肉の器を得、こころを手に入れた故だぞ」
「こころ? 俺は鋼だよ?」
「心さ。人を模したんだ。心ぐらい持つ」
 古い刀からの提案だがと、鶯丸は笑みを浮かべている。
「暫くは距離を置くといい。そうすると、じきに解決する」
「……そうなの?」
「俺としては話し合ったほうが良いと思うが、鶯丸の言葉も一理あるな」
 もし、村雲が本当に俺達と同類ならば。
「喧嘩なんて、できないだろう、きみ」
「……うん」
 絶対に、無理。村雲はがっくりと肩を落とした。


 審神者から言いつけられた暇は二週間程度とのことだった。丁度大包平が隊長となっている遠征が二週間かかるからと、鶯丸が村雲を部屋に泊めると提案し、許可が下りた。
 二週間、村雲は五月雨を避けて過ごした。練度上げのために溜まっていた疲労が抜けていくにつれて、五月雨を恋しく思う気持ちが大きくなっていく。
 今頃、雨さんはどうしているだろう。村雲は暇さえあれば、そう考えていた。

 そうして、約束の二週間が終わった。部屋に戻ると、五月雨が本を読んでいた。すっと、顔が上がる。
「おかえりなさい」
「う、え、ただいま……?」
 さて雲さん。と、五月雨が言い、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「え、何?! なんで?」
「私の力不足で雲さんを危険に晒したのです」
「そんなの、俺の力不足で、気を失ったんだから、謝らないで!」
「私を庇ってくださったのです。私にも責任の一部があります」
 何より、と五月雨は苦しそうに告げた。
「私の目の前で雲さんに傷をつけたのだと思うと、やりきれません」
「え、え?」
「言い方も悪かったです。雲さんはそういう方なのに」
「え?」
「雲さん。あなたは"私"にとって、ただ一人の刀剣男士なのですよ」
 私は、と陸に上がった魚のように、五月雨は口を動かし続ける。
「好きです」
「……は?」
 村雲はポカンとした。
「待って、前後が繋がらないよ、雨さん」
「好きなんです。どうしようもなく、傷つくのが嫌なほどに」
「いつの間にそんな話に?!」
「雲さんは私が嫌いですか」
「そ、そんなわけ無い!」
 でも、自分は二束三文。五月雨に見合う刀とは思えなかった。
「同じ刀剣男士なのです」
 五月雨はやっと微笑む。村雲は、あ、と心に何かが落ちた気がした。
「私達は同じ刀剣男士なのですよ」


──「肉の器を得、こころを手に入れた故だぞ」


 鶯丸の声を思い出した。
「俺も、すき」
 自然と口にしていた愛の言葉に、ふわりと五月雨が笑った。それがたまらなく、嬉しかった。

- ナノ -