毛利+大包平/初夏


 美しいひとだった。どこまでも。どこまでも。

 視界が開ける。だが、眼前に広がる雄大な山々よりも、日を浴びて輝く大包平の、その玉のような肌と、我らが魂の鋼かのような目に、毛利は目を奪われる。
 ほんに、このひとは美しいこと。昔、誰かが、言っていた。あれはつげの櫛の付喪神だったか。
「毛利、どうした」
 不審そうな大包平に、いいえ、いいえと毛利は頭を振る。悲しいことなんて一つもないのに、涙が出そうだった。感涙とは、このことか。それとも、この美しいひとが戦いに身を置く現実を無意識に嘆いたのか。分からなかった。

 遠征先にて、山登りをしていた。疲れたか。大包平が毛利を気遣った。それはうかがうものではない。上に立つものとして、隊員を気遣うものだ。
「大丈夫です。大包平さまこそ、荷物が多いでしょう。少し持ちますよ」
「いい。お前ほどの背丈だと見ていて危なくて仕方ない」
「相変わらず子どもの見目に弱いですね」
「弱くない! ただ、子どもは愛されるべきだろう」
 正義感ではない。このひとは愛を知っている。万物の生命に与えられし、平等な愛を知っている。その真っ直ぐさが眩しくて、毛利は目を逸らす。遠い昔は、この真っ直ぐさが苦手だった。今では、これほどまでに純粋で真っ直ぐなひとを、どこまでも護りたいと思う。
 毛利程度では、大包平というかみさまを、護れないだろう。それでも、願うくらいは許してほしかった。

 大包平さま、あなたは本当に美しいんですよ。

 だからどうか、光を浴びて。皆の光であって。誰もに手を伸ばして。挫折を知っていても、評価されなかった過去があろうとも、あなたはきっと人々の唯一無二にして完全無比の刀だから。

「山を越えたら茶店があるそうです。立ち寄りましょう!」
「それはいいな」
 大包平がふむと表情を和らげる。親しい刀にしか見せないその笑みに、毛利は胸がいっぱいになる。

 いつか、大包平さまにも揺らぎがあるでしょう。それでも、立ち上がり、歩ける力があなたにはあるんです。
 毛利はふわっと笑った。
「ええきっと、大包平さまのお気に召しますよ」
「毛利の選んだものに間違いはないだろう」
「過信ですよ」
「そんなことはないだろう」
「いいえ、過信です。期待値が高いと勧めにくいんですよ!」
「む、そうか」
 そういうものかとぼやく大包平に、毛利はともかく山を抜けましょうと歩き出したのだった。初夏の山は若草の良い香りがしていた。

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