03.螺旋に眠る真実と闇/こぎしし


 哀しい夢をみたようだ。
 季節は夏。風鈴の音がする本丸を一振りで歩く。刀剣男士の少ないこの本丸は殆どの刀が出払っていた。残っているのは内番の六振りと手入れ中の大太刀だろう。手入れ中なのは石切丸であり、主力メンバーの一振りである彼を欠いた出陣はきっといつもより厳しいものだろう。皆無事無事に帰ってきてほしいと願った。ちなみに俺つまり獅子王は幾度もの出陣による疲労で一日の休暇をもらった身だ。それは実のところ俺だけではなく。
「おや獅子がこんなところに。」
「よう、小狐丸さん。」
 それは小さくない狐、小狐丸であった。
 小狐丸は俺の行く先に現れた為、俺がそのまま歩いていれば自然と彼に近づいた。小狐丸はじっと俺を見つめてそれを待ち、十分に近づくとにっこりと笑って俺の髪を触った。
「まだ櫛を入れてないのでしょう。ほら、こちらに。」
 髪から離された手は流れるように俺の手を握っていた。そして俺が了承すると同時に、くいと引っ張られて半ば引きずられるように小狐丸の部屋へと向かった。

 小狐丸の部屋は審神者である主の部屋にわりと近い。主様に呼び出された時に便利だからと彼が選んだ部屋だが、主が小狐丸を呼び出したのは片手で数えるほどだ。主はやるべきことが山ほどあり、近侍に前田藤四郎を指定しては仕事に明け暮れている。ちなみに今日は上に呼び出されたと胃を押さえながら青い顔で外に出て行った。とりあえず近侍の前田に胃薬を渡しておいたが役に立ったのだろうか。
 そうこう考えているうちに小狐丸の部屋の前まで来ていて、小狐丸が障子を開くとこじんまりとした部屋の中に入るように動作で示された。だから俺はお邪魔しますと部屋に入り、何時ものように部屋の中央に座った。そうすると小狐丸は部屋に入り、障子を閉めることなく机へと向かう。目当ての櫛が入った箱を持つと俺の背後に座った。箱を横に置き、俺の髪を解く作業に入った。正直、自分でも少々ややこしい髪型をしていると思うのだが、いつも小狐丸はするすると俺の髪を解いていく。手先が器用なのだなと思いつつ、櫛を取り出す微かな音を聞く。小狐丸の櫛は黒い漆で上品に艶めく逸品だ。決して飾り物ではないだろうに美しいそれ、それを持つ理由を俺は教えてもらっていない。ただ、小狐丸はその櫛をたいそう大事にしていることだけは知っていた。
 小狐丸がこうして櫛を入れてくれる時間は穏やかな時を感じるので好きだった。忙しない日常も他の刀とゲームをする日常も好きだけれど、今この時間はかけがえなの無いものだと思うぐらいには小狐丸とのこの時間が好きだった。普段の飄々とした態度が、この時間は柔らかな花弁みたいに優しくなっているのもその要因の一つだろう。
(すきだなあ。)
 いつか、俺の髪を整えてくれるその櫛をどうして手に入れたのか教えてもらえるだろうか。そんなことを考えていると背後で小狐丸が微笑んだ気がした。

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