幸せのための一歩/髭獅子/診断のお題をお借りしました
作業用BGM→貯水槽の亡霊(鏡音リン・鏡音レン)


一歩、あと一歩さえ踏み出せれば

真っ逆さまなんだろう。

 夏が終わる。秋が始まる。朝顔は萎れ、茄子の皮が厚くなる。庭に実っていた大量のトマトはケチャップにしたそうだよ、髭切は言った。
「知ってるぜ、手伝ったんだからな」
「おや、知ってたか」
 お手伝いえらいね。ふんわりと笑って言う髭切に、まあなと言うしかなかった。実は平安の刀で手伝ってくれたのは獅子王君だけだよと燭台切に感動されたが、そのことは秘密にしておこう。膝丸は目の前の兄者と出陣だったし、鶴丸はいたずらするし、今剣は火の回りにあまり近づけたくない。今剣に関しては見た目の幼さからくるものだが。
「今日の夕飯は手作りケチャップで作ったオムライスだってさ」
「おむらいす?」
「あ、髭切は初めてだっけ」
 ご飯を炒めて卵で包み、ケチャップをかけたやつと言えば、不思議な料理だねと興味を持ったらしかった。
「興味があるならちょっと厨覗いてみるか? 今なら燭台切がケチャップライスを包んでるところだろうし」
 そう言って、それもいいけれどと髭切は言った。
「僕は楽しそうに話す獅子王が見たいからね」
 次はけちゃっぷらいすについて教えてほしいな、なんて言う髭切に、俺はそっかと平静を装って座り直した。
「ケチャップライスはご飯をケチャップで炒めたやつ」
「美味しいんだろうね」
 嬉しそうに話してると言われ、俺はウッと言葉に詰まる。何故だろうか、何だか色々と見透かされている気がする。
 ぐるぐると悩んでいると、獅子王と声をかけられる。顔を上げれば不思議そうにする髭切がいて、何でもないんだと俺は頬を掻いた。
「髭切ってさ」
「うん」
「いつもそうなのか?」
「そう?」
 そうってなにかなと髭切はにこにこ笑っている。これは確信犯だろう。全くと俺はため息を吐いた。
「俺以外にそんなのは止めとけよ。勘違いするやつが出てきそう。ああでも弟(セコム)がいるから大丈夫か……?」
「どうして獅子王以外にそうするんだい」
「え」
 そっと髭切の手が伸びる。ちゃぶ台の先、向かい座る俺の頬を髭切の指がさらりと撫でた。
「掻いちゃダメだよ。跡になっちゃうからね」
「こ、これぐらいじゃならないって!」
 早口でまくし立てて、俺は立ち上がった。
「厨当番の手伝いしてくる!」
「ああ、それなら僕も」
「いいから! 髭切はそこで待ってろよ!」
 そうか、それならと髭切は笑った。
「僕は獅子王が作ってくれたオムライスが良いな」
 あんまり楽しそうに笑うもんだから、俺はああもうヤケだと言い放った。
「うまく包めなくても知らないからな!」
 そうして厨へと駆け出した俺の後ろから、楽しみにしてるよと声が聞こえてきたのだった。

- ナノ -