甘ったれにはこの程度がお似合い/膝→獅子
タイトルはシュガーロマンス様からお借りしました。


 夜の中頃。ひゅうるりと風に乗って、何かの鳴き声が響き渡る。
「今日は鵺が落ち着かないみたいでさ」
 審神者である主にそう告げた獅子王はからからと笑っていた。
「みんなを傷つけたりはしないって。ただ少し、怖がらせちゃいけないなと思ってさ」
 念の為に報告したんだと獅子王は言い、俺は近侍としてその声を聞いていたのだった。

 鵺が落ち着かない日はそれからしばらく続いた。正確に言うなら、四日ほどだろうか。流石に様子がおかしいだろうと主は判断し、獅子王に異常が無いかを調べることにしたらしい。
 獅子王の鵺は、あくまで獅子王の付属品のようなものとして顕現している。獅子王の鵺は本当の鵺ではなく、獅子王の逸話に基づく創造物だ。勿論、その判断は審神者によって異なり、獅子王の鵺こそ本物の鵺だと判断する審神者も居るだろう。俺たちの主は、鵺を付属品だと思っている。それだけのことだ。

 と、言うが、俺からしてみるとあの鵺は本物とは違うかもしれないが、限りなく似ているのではないかと考えている。そして、あの鵺は獅子王のことをとても気に入っている、とも考えるのだ。
「どうした?」
 こてんと首を傾げる獅子王は髪を解き、内番姿の軽装で布団の上にいた。彼の本体である刀は審神者が預かり、異常が無いか調べている。そして異常があった時にすぐ対処できるよう、刀剣男士としての身も安静にしているようにと言われている。俺はそのお目付役というわけだ。
「なあ、膝丸。暇だ」
「そうだろうな」
「何か話そうぜ」
「そう言われても思いつかないが」
「うーん、じゃあ今晩の夕餉当てをしようぜ」
 俺は魚の煮付けが良いというので、ならば俺は刺身が食べたいと言えば、それ食べたいやつだろと笑われた。それはお前だろうと言うと、そうだなとクスクス笑う。ふわり、結われていない金色の髪が揺れる。波打つくせ毛、その波に光が当たって、艶やかに輝いている。
「そういえば鵺は今どうしているんだ」
 髪から目をそらして話題を変えれば、獅子王は俺の気まずさなど知らずにそうだなあと考える。
「多分、裏の井戸にいる。そっちの方から声がするだろ?」
「その声は獅子王しか聞こえないだろう」
 そう言えば獅子王はそれもそうかと苦笑した。そして不思議なもんだよなあと頬を掻く。
「俺と鵺ってやっぱりなんか繋がってるんだな」
 少し嬉しいと獅子王は微笑む。春の風がひゅうるりと部屋に入り込んだ。その風に反応して、彼が瞬きをする。金色のまつげが、ぱさりと、まるで音を立てたかのようだった。頬はほんのりと桜色に染まり、薄化粧を施したようだと思った。
「膝丸?」
 気がつけば、長いこと見つめていたのだろう。不思議そうに獅子王が俺を見る。その刃色の目が俺を映していると気がついた瞬間、もうだめだった。
「少し、様子を見てこよう」
「え、うん」
 立ち上がり、早足で部屋を出る。お目付役なのにそばに居ないなんて言語道断だが、それでも今は彼の傍に居られなかった。
 傍に居たら彼に何か言ってしまうかもしれない。その言葉はまだ俺の中で形になっていないが、言ってしまうと今の関係が崩れてしまうことだけはわかる。だから、言いたくなかった。
(そもそも、今の関係なんてものも無いのだが)
 ただ、たまに話すだけの、同じ本丸に所属するだけの刀剣男士。共に出陣することもほぼ無い、本当に顔見知り程度だ。だけど、それでもたまに話すと見せてくれる笑顔が、俺は。
(早く、主の元へ行かねば)
 これ以上考えてはいけない。そう判断し、俺は主の執務室へと向かったのだった。

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