膝→←獅子/人の海に溺れて、息が出来ない/人酔い
タイトルは207β様からお借りしました。



 雑踏、呼吸困難。
 俺、膝丸は息を吐いた。左腕には青ざめた獅子王が縋り付いている。審神者に連れられてやってきた2016年の日本。意気揚々と張り切っていた獅子王は何故か顔を白くして倒れそうだ。血でも足りないのかと考えながら、とりあえず休める場所を探す。審神者は兄者を連れてどこかに行ってしまい、残された二人は下手に動けない。連絡用に渡された端末は使い方が分からないのでただの鉄の塊と化していた。
「獅子王、向こうに座れる場所がある」
 動けるかと言えば、獅子王は浅く頷く。それに少し安心して、俺はなるべく獅子王を気遣いながら木のベンチに座った。はふはふと浅く呼吸をする獅子王の背中をさすり、飲み物でも買ってくるかと問いかける。獅子王はいらないと頭を振ったが、いらないことは無いだろうと判断してすぐそばの自販機で野菜ジュースを買った。そのまま獅子王に渡そうとして、ふと止めてペットボトルの蓋を取ってから改めて渡した。獅子王はゆっくりとジュースを口に含んだ。
 しかし何故急に体調が悪くなったのかと眉を寄せる。そんな様子を悪いように勘違いしたのか、獅子王は小さな声でごめんと謝った。
「どうした」
「おれ、ちょっと人酔いしたっぽい」
 人酔いとは何だろう。疑問に思えば、獅子王は人が多すぎると気持ち悪くなるのだと説明してくれ、またジュースを口に含んだ。
「どうしたら治るんだ」
「しばらく休めばなおるぜ」
 へらりと無理矢理笑った獅子王に、また眉を寄せる。
「無理するな」
 そっと背中をさすると、獅子王がびくりと震える。いつもは隊長をするほど頼もしい獅子王の、その弱々しい様子に俺はらしくなく不安を覚えていた。
「兄者が居れば何か出来たのだろうか」
「何にもできねえよ。なんかストレス耐性ってやつの問題だって」
 だから安心してくれよと俺の腕に縋るように見上げてくる。刃色の目が柔らかく細められ、眉が苦しさに下がっている。頼ってはくれないのか、なんて馬鹿みたいなことを考えてしまい俺は息を吐いた。獅子王はただ俺がそばにいるからこうして縋り付いてくれるだけなのだから、変な考えは持ってはいけない。
「連絡用の端末、かしてくれ」
「使えるのか? 」
「うん」
 鉄の塊を渡せば、ボタンを押して画面を操作し、メールを送っていた。手慣れた様子に感心すれば、慣れれば膝丸でも使えるぜと獅子王は笑った。だが、顔色はまだ悪い。
「少し良くなったから安心してくれよ」
「そうなのか」
「膝丸は主たちが来て無いか見ててくれ。俺はちょっと休んでる」
「良くなってないじゃないか」
「少しって言っただろー」
 ははと獅子王が笑う。その笑顔が痛々しくて、俺は寂しく思いながら彼の頬に手を滑らせた。獅子王がびくりと震えた。屈んで、顔を耳元に近づける。
「少しは、頼ってくれ」
 耳へと囁けば獅子王はまるで怯えるように震えてしまった。顔を離して様子を見れば、ぎゅっと目を閉じて手も握りしめた姿が見えた。どうしたと問いかければ、獅子王はゆっくりと体の力を抜いて目を開き、へらりと笑った。
「何でもねーよ」
 その様子が何故か取り繕っているように見えて、俺は寂しいなと感じたのだった。

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