膝獅子/蛇の渦
タイトルは207β様からお借りしました。



 遠い昔の夢を見た。長い長い夢だった。
 目覚めると腕の中にいとしい金色があった。髪を緩い三つ編みにして、すよすよと寝こける青年に笑みがこぼれる。穏やかに閉じられた目、落ち着いた呼吸の音。起こすのが勿体無くて、慎重に起き上がった。しかし彼はすぐに目を開いて、俺の名を呼んだ。
「ひざまる……? 」
「おはよう。獅子王はまだ寝ていても良いぞ」
 俺は厨当番があるからと、獅子王の頬を撫でれば思わずといった様子で嬉しそうに目を細めて、それから、しゅんと悲しそうにする。
「当番なら仕方ねえな」
 そうだなと言いながら、拗ねている獅子王に笑ってしまうと、彼はまたむすくれた。
「ひでーの」
「そうか」
「膝丸は寂しくねえの? 」
「ああ、俺だって寂しいものだが、俺の作った朝餉を獅子王が食べるかと思うと気合いを入れて当番に行かないとな」
 炭を食わせることになってはならないと言えば、獅子王は明るく笑った。
「そっか。楽しみにしとくぜ」
 そうするといいと笑って、彼の額に口付ける。獅子王はとろりと幸せそうに笑って、いってらっしゃいと告げた。

 もう一人の朝餉当番は歌仙だった。旬のものを使うことにこだわりのある彼に献立を一任し、黙々と里芋の皮を剥く。暦の上では秋になったからと、しばらくまえに主が本丸の季節を秋に変えた。そうすれば採れるのは秋の食物であるわけで。里芋はそんな中で大量にできた野菜の一つだった。
 朝から里芋は重たくないのだろうかと思いつつも、朝餉をしっかり食べないと一日が持たない。朝餉は一番大切であるとはこの本丸の初期から厨に立つ加州の弁だ。
 炊きたてのご飯、しめじの味噌汁、里芋の煮っころがし、サンマの塩焼き。今日の朝餉が完成だ。

 徐々に集まっていた刀に配膳を手伝ってもらい、ついでにまだ寝ている者達を起こしに行ってもらった。獅子王はもう広間に来ていて、配膳を手伝ってもらった。その際、美味しそうだと幸せそうにしたのを見て少しだけ心が温かくなった。ちなみに、兄者はいつの間にか厨でつまみ食いしていたので歌仙に大目玉をくらっていた。ただ、フワフワとした兄者はそれぐらいじゃ堪えないのだが。

 朝餉の席は兄者の隣、獅子王の前。獅子王の隣には今剣と厚が居て、なにやら楽しそうに朝食を食べていた。美味しいと言っているのを聞くたびに、心が嬉しいと呟いた。

 食事を終えると片付けを済ませて昼餉の準備まで休憩となった。どうせならと獅子王を探していると、朝見た今剣が小夜と揃ってしゃがんでいた。何かを熱心に見る彼らにどうしたと声をかければ、へびですよと今剣が言った。
「蛇? 」
「……ほら、あそこ」
 小夜が指差す先を見れば、そこには艶々とした蛇がいた。そこそこ大きなそいつに、今剣がりっぱでしょうと呟いた。
「へびはたべれるとまえにきいたので、しとめましょうか? 」
 もし今日の厨当番が冒険心溢れる刀であれば喜んだだろうが、歌仙に蛇を持っていっても風流ではないと叫ばれてしまうだろう。要らないぞと今剣に言うと、そうですかとどこか落ち込んでしまった。小夜も口を閉じたのでどうしたのかと話を聞くと、二人はちょっと蛇の味に興味があったそうだ。とりあえず主は食べたくないと言うだろうと言えば、そうだねと小夜が納得したので今剣も納得したらしかった。
 しかし蛇か、とその蛇を見る。黒と緑の蛇はぎょろりと辺りを見ていた。しゅるりしゅるりと舌を出している。それがどこか気になって見ていると、気がついた。
(夢だ。夢で見たんだ)
 俺は蛇の夢を見たんだ、と。


 どうしてまたそんな夢を見たのかと考えても、心当たりが少しばかりあったので考えるのを止めた。それよりもうっすらと冷えた心が獅子王に会いたいと叫んでいた。
 獅子王を探して歩き回っていると、物干し竿に白い布を干していた。洗濯当番の手伝いをしているらしい彼は明るい太陽のように笑いながら、当番の大和守達に話しかけていた。それがあまりに温かな光景だから、彼を見つめて冷えた心が温かくなるのを感じていると、ふと彼がこちらを見た。
「膝丸ー! 」
 そんなところで何してんだと彼が笑うから、俺は今行くと彼の元へ歩き出した。


 昼餉を準備し、皆に配り、夕餉を作ると皆で食べる。当番を終えて部屋に戻れば、二人分の布団を敷き終えたばかりの獅子王と会えた。おかえりと彼が笑う。だから、ただいま帰ったと彼を抱きしめた。
「んー、どうしたんだ? 」
 その問いかけに何でもないと答えてから、そうだなと考えた。
「眠るのが、怖いかもしれないな」
 獅子王が不思議そうにするのが分かる。それでもそれ以上言う気になれなくて、無言で抱きしめていると、彼が俺の背中をさすった。
「魘されたなら、この獅子王様が起こしてやるよ」
 だから悪夢なんて怖くないぜと言うから、それは安心だと心から安堵したのだった。

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