眠れない夜が来る/鶴獅子/両片思い
タイトルは 識別 様からお借りしました



 暑い。
 夜中、寝苦しさで目を覚ます。何事かと思えば、障子の隙間から侵入した猫が腹の上で寝ていた。気持ち良さそうに寝ているのを見て、ため息ひとつ。この猫は審神者の飼い猫で、元は野良らしい。いつの間にか人が大好きになったみたいなんだと審神者は笑っていた。しかし付喪神と居ると化け猫になりかねないと石切丸が指摘すると、上等だとまた笑っていた。あの審神者は少々変な感性をしている。
 なるべく優しく抱き上げて腕の中に寝かせると、立ち上がって審神者の部屋に向かう。皆に懐いているといえど、なんだかんだで拾い主である審神者に一番懐いている猫のことだ。彼の元に連れて行けば納得するだろう。
 そうして廊下を歩いていると、ふと目の前にごろんと寝転がる黒い毛玉に気がつく。その大きな毛玉は一目見て獅子王の鵺だと分かる。しかし寝方があまりにのびのびとしているのでじっと見つめてしまった。だらりと肢体を伸ばして寝転がり、腹を見せる鵺は野生など捨てていた。しかし元々この鵺は大層獅子王に懐いているので野生的とは言い難いかもしれない。
 避けて通るには庭に降りるしかないかと思っていると、おおと声をかけられた。そちらを見れば寝間着を着、髪を編んでまとめた獅子王がいた。
「鶴丸だ。こんばんは。珍しいな」
「こんばんは獅子王。俺は猫を審神者の元に届けに行くところだ」
「あー、今日は鶴丸んとこ行ったのか」
 そうして頷くと、鵺の方を見て足らしい肢体を掴む。ダメだろ鵺と言いながらずるずると引きずって布団まで連れて行く。そんな扱い方でいいのかと見ていれば、俺には意識のない鵺を持ち上げる技量なんて無いと宣言された。それでいいのか。
「なんか目が覚めたし、鶴丸に付いて行く! 」
「お、いいぜ。しかし猫を届けに行くだけだぞ」
「ついでに散歩しようぜ」
「寝間着でか」
「今日は寒くないからいいと思う」
 問題ないと親指を立てる獅子王に、ならばそうしようと同意した。
 審神者の元に行くとなんとまだ起きていた。書類仕事をしていてねと審神者は笑いながら猫を受け取り、早く寝るんだよと部屋の中に戻った。はあいと良い子の返事をした獅子王は散歩は少しだけだなと呟いていた。どこか寂しそうな様子に、明日に響きさえしなければいくらでも散歩できるぜと言えば、そうじゃねえだろと呆れられた。

 本丸の季節は夏である。とはいえまだ夏になりたての初夏。夜はまだ過ごしやすいうちだ。獅子王が髪をふわふわ揺らして歩く。その少し後ろを歩いていると、気がついた獅子王が俺の腕に腕を絡める。
「隣! 」
「わかったわかった」
 そうして隣に並べば腕の拘束が解かれ、上機嫌で歩き出す。腕から離れた人肌に少し残念だと思いながら続けば、あれと獅子王が上を指差した。
「満月だ! 」
「本当だな。知らなかったなあ。もしかしたらどこかで月見をしてる奴と会うんじゃないか」
「お! いいなそれ」
 一口もらおうと酒か団子を想像して幸せそうな獅子王に苦笑してしまうが、どこか愛らしいなとも感じた。鶴丸と獅子王が呼ぶ。
「今から厨に行けば月見できるかな」
「遅くなるぞ? 」
「うっ。そっかあ、そうだよなあ」
 しょぼんと落ち込んだ獅子王の頭をさらさらと撫でて、散歩には付き合うからと言えば頷いていた。
 並んで歩き、池に映る月や月光浴をしている亀、わずかに聞こえる人の声とそれが聞こえない静寂を堪能すると獅子王はそろそろお開きだなと言った。
「満足したのか? 」
「まだまだだけど、これ以上はダメだろ? 」
「まあ、そう言われたな」
「うん。だからお終い」
 戻ろうぜと獅子王は俺の腕に腕を絡める。どうしたと言えば、部屋までなと笑われた。
「ちょっとぐらいいいかなって」
 鶴丸に触れると安心するんだと言った獅子王はふわふわと笑っていて、何だ酒でも呑んだのかとからかおうとしたが、止めた。俺も同じだったからだ。
「ふふ」
「どうした」
「鶴丸も嬉しそうだなって 」
 幸せだと言う彼に、できるだけゆっくり帰ろうかと心に決めたのだった。

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