地獄に堕ちるのは私だけ
膝→←獅子/一人で堕ちたい獅子王さんと引きずり堕としたい膝丸さん/髭切さんと少女審神者も少しだけ出てきます
タイトルは診断 書くものに悩む貴方へ 様からお借りしました
!ヤンデレ要素有!



 恋は いけない んだって。
 どこかの町で聞いた話。恋情を抱くといけないそうだ。恋情など執着でしかなく、それは身を滅ぼし、地獄へと堕ちるだけだと。いけないとは極楽へ行けないということらしい。
 そうなのかと、軽く受け止めればいいのだけれど、俺はがつんと頭が殴られたような気がした。話の中心となる恋情というもの、それが自分に無関係ではなかったからだ。
 俺はずっと好きな人がいる。人じゃなくて、刀剣男士という刀の付喪神だけれど、その刀がやって来たその日から俺はずっとその人を好いていた。緑色のようで青色のような光の加減で色味を変える髪の毛と、貫くような強い目。その目が合った時に、この人が好ましいと思った。スッと俺の心に入り込んだ彼の存在は、日増しに大きくなっていった。
 春は彼が慕う兄と三人で花見をした。夏は二人で川魚を獲って、川辺にいる兄に褒めて貰えた。秋は三人で栗拾いをして、冬は同じ三人でコタツを囲んだ。どの思い出もキラキラと輝いていて、とても心が温まった。
 だからこれは恋情なのだと思った。審神者である少女が、恋とはキラキラしていると言っていたからだ。そしてこの恋情が伝わればいいと、思っていた。想いが通って、笑い合えたらいいって思ってた。
 だけど、それではダメなのだ。だって恋情を抱くと行けないから、俺があの刀を地獄に堕とすようなことはしてはならないし、したくないのだ。そう考えて、俺は恋情をそっと心に仕舞った。それは寂しいことだけど、大したことじゃないと思ってた。恋情なんてたかが恋情というもので、ただのいち感情だと思ってた。なのに、なぜだろう。とても苦しかった。あの刀に会うとうまく笑えなくなった。緊張して、その場から逃げたくなった。目を合わせなくなった。今まで普通に触れていた腕が、指先が、触れなくなった。

 そうして一週間ほど。あの刀の兄である、髭切が俺の部屋を訪ねてきた。その姿を見て、あの刀を避け始めてから髭切と会うこともあまり無くなっていたなとぼんやり考えた。
 獅子王、君はなにかあったのかい。そんな事を言われて、俺は首をかしげる。髭切に関係することはないから、言う必要がないと思ったのだ。髭切は俺の様子に、また訪ねた。
「何か欲しいものはあるかな」
 意図が分からない質問に、何もないと答えれば、髭切は少し考えてから言う。
「君は好きな人が居るのかい」
 どきりとして髭切から目を逸らした。好きな人なんて、あの刀しか思いつかなかった。大好きな刀、初めて見たときから俺の心に入り込んでしまった刀。黙るしかなかった。髭切は再度考えてから、俺の気持ちを語って欲しいと言った。それがあまりに優しい言葉だったから、俺はぽつぽつと語ってしまった。
「俺、地獄に堕ちるなら、独りがいいんだ」
「うん」
「恋が原因なら、心を通わせちゃいけないだろ」
「そっか」
「だから俺、仕舞い込むことにしたんだ」
 だからもう大丈夫だと笑えば、髭切は優しい顔をしていた。それに少し驚いてしまうと、その間に彼の手が俺の頭を撫でていた。心地よい動きに目を細める。やがて離れた手を目で追っていると、髭切は言った。
「獅子王のそれは恋情なんかじゃないよ」
 思わぬ言葉に目を見開く。
「愛だ。愛情だよ。それも、親愛だ」
 そして髭切は悲しそうに笑った。
「どうか、弟とまた話をしてほしい。そのまま、同じ事を話すだけでいいんだよ」
 そして髭切は部屋から出て行った。

 髭切の言葉が頭を埋め尽くす。どういうことなのか、そう考えていると、何やら廊下が騒がしかった。兄者、そう聞こえて俺はびくりと肩を揺らした。そろり、そろりと戸に近付いて外を見た。さっき出て行った髭切とあの刀、つまり膝丸が何やら話をしていた。何故か今剣と乱が二人をなだめようとしている言葉が聞こえる。それを聞いてよく見れば、遠目で判断し辛いが二人はなにやらぴりぴりと張り詰めた雰囲気を出していた。そこで髭切が振り返り、にこりと笑う。虚を突かれたように目を丸くしていると、膝丸とも目があった。
 膝丸が無言で俺へと近寄ってくる。乱と今剣が落ち着けと言っている。髭切はもうこちらを見ていない。俺は急いで部屋の奥へと逃げた。

 すぐに膝丸が俺の部屋に入ってくる。いつもなら必ず声をかけるのに、何も声を発しない。どこか怒ったように無表情で、雰囲気はいつものどこか柔らかい気配が削ぎ落とされているようだった。怖い。真っ先にそう感じて血が引くのを感じた。
 膝丸が座り込む俺の前に立つ。おい、声をかけられた。
「兄者と、何の話をしていたんだ」
 感情を抑えた声に、体が震えてしまう。カタカタと指先も足も体全体が震えて、使い物にならなくなる。それなのに、膝丸は答えろと繰り返す。俺は震えるせいで何も言えなかった。
 膝丸はしゃがみ、俺と目を合わせる。あの、鋭い目が俺の目を貫いた。その目があの時と全然違うように見えて、怖くて怖くて、俺は弁明するように口から言葉を吐き出した。
「止めてくれよ、近寄らないで。恋したらだめなんだ」
「……何の話だ」
「だって恋したら行けないんだって。地獄に堕ちるんだって」
「……」
「俺、膝丸を地獄に堕としたくないんだ」
 だから分かってほしいと俺は震える口を笑わせた。これ以上心に入り込まないで、そう拒絶した。膝丸が怒りの表情を浮かべた。
「ふざけるな」
「……えっ」
「ふざけるな、そんなのは恋情なんかじゃない。そんなのは親愛だ。一方的で、下心もない。そんなの恋じゃない! 」
 ふざけるな、膝丸は繰り返した。
「勝手に自己完結するんじゃない。俺の気持ちはどうなる。お前は地獄に落としたくないと言うが、俺はお前に落とされるなら本望だ。そもそも、お前は綺麗すぎる。それこそ、堕とされるのはお前の方だ」
 一気に喋り出す膝丸の言うことが理解できなくて、頭が混乱した。今、膝丸は何を言っているのだろう。俺に怒っているのだろうかすら、分からなくなった。
「目を見ろ、俺から目を離すな。触れていろ、手を離すな。逃げるな、離れるな」
 膝丸の手が俺の腕を掴む。もう片方の腕が俺の肩を持って、両手で引き寄せた。膝丸に抱きしめられている、それが分かると俺はただただ震えた。怒りを示す膝丸が怖くて、どうしようもなかった。やめてほしいと思った、ただ俺は膝丸に怒って欲しくもなければ悲しんでもらいたくもないのだから。
 肩から離れた膝丸がの手が俺の後頭部を掴み、顔を上げさせられる。近い距離で目と目が合った。すると、ふっと膝丸が悲しそうな目をした。驚いて目を丸くすると、今度はぎゅっと抱きしめられて顔が見えなくなった。
「結局、お前は俺を恋愛感情では見ていないのだろう」
 囁きのような声がした。その言葉に違うと否定したいのに、俺は何も言えなかった。強く抱きしめられていて、苦しくて言葉を発せられなかったのだ。けれど、苦しいのはそれだけじゃなくて、膝丸の声があまりに切なかったからだ。掠れていて、必死な声。こんな声は誰からも聞いたことがなかった。
「俺は、初めて見た時から獅子王に恋情を抱いていた。愛おしく思った。衝動のままに、口付けたかった」
 それは告白だった。俺は驚いて、何も言えなかった。だって、俺と同じはずなのに、俺は口付けなんて考えたことがなくて、この刀と俺は違う感情を持っていたのだと知ってしまった。俺も膝丸も違う感情を持っていたから、通じあうなんて元々ある筈がなかった。心配は無用だった。俺は、膝丸と口付けをしたいのだろうか。
「好きだ。お前が好きだ。兄者がお前の部屋から出てくるのを見た時に、嫉妬したぐらいに俺は余裕がないんだ」
 応えてくれなんて、膝丸は残酷なことを言う。だって俺は確かに膝丸が好きなのに、お前は違うなんて言われて、肯定するしかないのに、なのに好きだと言えと言う。
「獅子王は兄者にも懐いていたから、不安だったんだ。もしかして、兄者を好きになるんじゃないかと」
 そう言われて、そんな事ある筈がないと叫びたかった。でも膝丸が力一杯抱きしめるから何も言えなかった。苦しくて、苦しくて、俺は息ができなかった。
「愛してる。これは親愛じゃない。恋愛感情だ。お前の身も心も欲しくなる、醜い思いだ。俺はお前を地獄に堕としたい」
 そして腕が緩んで、俺は呼吸をした。離されてもまだ苦しくて、胸が痛かった。膝丸は絶望しきったような、暗い顔をしていた。そしてその手で俺の首をなぞる。
「もう戻れないんだ。だからせめて、返事をしてくれ」
 膝丸が抱きしめるから何も言えなかったのに、そんな事を言う。だから俺その理不尽さがすこしおかしくなって、ふふと笑った。何だか、何もかもがおかしかった。
「俺、膝丸が好きだよ」
 嘘だ。すぐに彼の目が叫んだ。俺も嘘だと思った。
「恋愛感情が分かんないけど、でも、膝丸と一緒に居たいよ」
 仕舞い込んでいた願い事を話せば、膝丸ははらりと涙を流した。そして彼はゆっくりと俺の頬を撫でた。
「ああ、そうだ。今はそれでいい。だから、離れないでくれ」
 頼む、そう告げられた。だから俺はどうにか笑って彼の手に手を重ねて、言った。
「もちろん」
 そうしたら彼も不器用に微笑んでくれたから、俺はやっと幸せになれたような気がしたのだった。

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