たいしたものじゃないけど/じじしし/ほんのりグロテスク/いちばんしあわせ
タイトルは診断 書くものに悩む貴方へ 様からお借りしました


 幸せって何だろう。

 春の日、縁側であなたの隣にいるときかな。そういうときにあなたは決まって笑ってくれた。優しい笑顔で俺の髪をさらりと撫でて、今日もお前は美しいって言い切る。その言葉に、俺は男だった筈だけどなと笑って受け入れるんだ。あなたが美しいというものはどんなものも美しい。それを否定することは何だか間違いのような気がするからだ。そんなあなたは天下五剣で一番美しいというそうだ。だからじゃないけど、あなたはとっても美しい。
 幸せはあなたの前に立つときかな。そういうときはお帰りなさいと声をかけるときだ。怪我一つなく、綺麗な身のままで帰ってきたあなたに安心して、俺はそっと息を吐く。ああ今日もあなたが無事だったと、俺は涙すら浮かべそうになる。あなたは笑って頭を撫でてくれるのだけれど。
 幸せってあなたの夢に現れるときかな。偶にあなたは俺が夢に出たと言ってくれる。俺の愛の表れみたいで、俺はとても嬉しくなる。俺の夢にはあなたが現れるぜと言えば、それは嬉しいと笑ってくれるから、こんなに幸せなことはないだろう。
 幸せなのはあなたと口づけを交わすときかな。背伸びをして口づけを交わしたときのその幸福感はとびきりのものだ。屈んでくれたあなたの首に腕を回して、合間にちょっと顔を離して笑い合う。そのときはこの時間が永遠に続けばいいのに何て思ってしまうのだ。
 幸せというのはあなたと手をつないだときかな。あなたの少し大きな手に手を重ねて、するりと指で遊ぶ。やがて絡んで、ぎゅっと手を繋げばあなたは声を上げて笑ってくれた。そして獅子は今日も触れたがりだとからかうように笑ったときは、少しだけ拗ねて見せて繋いだ手に力を込める。痛いぞと痛くもないのに言うから、その演技にふふと笑ってしまうのだ。そうすると、あなたもまた笑ってくれる。こんな幸せは他にないだろう。

 ああでも、本当に幸せなことは違う。

 幸福は、あなたと共に戦う時だ。血潮をたぎらせながら、沸騰するような眩暈と、やけに冷え切った頭で、戦場を駆け抜けるときだ。
 その時に俺は目の前の敵を見、仲間の戦況を確認する。そのときあなたはその力強さで敵をなぎ倒し、強い輝きを持って周囲の目を引き付ける。そんな華やかなあなたと共に戦うと、俺は反比例するみたいに身体の中の真っ黒な本能がくすぐられる気がする。鵺の中の優しさと、じっちゃんとの思い出と、何より刀の意義が表皮を突き破ろうとする。あなたと戦うことで得られるその衝動が何より嬉しくて、何よりも多幸感を得る。その衝動の中身は、俺は何を飾ってもただの刀だという再認識と、うんと昔の幸福な幼少期の回想だろう。自我すら目覚めぬその頃は、ただただまっしろな刀であったけれど、今よりずっと無垢に刀の本能を信じていたはずなのだ。
 だからこれは幸せなときだ。幸せとは何よりも、鮮やかな赤が飛び散るこの戦場であなたと共に己を振るうことなのだ。

 嗚呼こんなこと、刀剣男士にとってはたいしたものじゃないけれど、そんなときがいちばんしあわせ。

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