白い部屋が冷たく見下ろす/鳴→←獅子/両片思い/野原での話/何も無いよと嘘をついた/白い部屋は何と無慈悲なことか
//タイトルは識別様からお借りしました。


 たとえば白い部屋があるとして。

 その日はいい頃合いに晴れていて、どこか清々しい日だった。だから鳴狐とお供の狐がピクニックに行こうと提案した時に、俺は喜んで賛成したのだ。
 ピクニックは本丸にある野原の一つに決まった。広すぎて全てを把握しているのは主だけのこの本丸、いくら皆が管理に精を出していても手入れのあまりされていない野原があるのはしょうがない事だろう。
 今の季節なら木々の若葉が見れるだろうと話しながら歩く。ピクニックの用意は鳴狐とお供の狐が全て揃えてくれていた。ならば荷物持ちをと申し出れば、ビニールシートが入っているという袋を渡された。水筒やサンドイッチが入っているというカゴも俺が持つと言ったのに、鳴狐は頑なに持たせてくれなかった。

 野原は名も知らぬ小さな花々が咲き乱れていた。全て雑草だけれど、どれもが控えめな美しさを感じさせてとても好印象だった。
 小さなビニールシートを敷いていると、早速お供の狐が野原を駆け回り始めた。珍しいなと思っていれば、鳴狐曰くあれは見回りだとのこと。ただ遊んでいるようにしか見えないが、あのお供の狐なりにできることをしているつもりなのだろう。加えて、鳴狐は俺の前ならちゃんと喋るから少々離れても問題無いとかなんとか。そう言われても鳴狐の口数は少ないとしか思えないのだが。
 ビニールシートは黄色と緑の格子模様だった。そこに座ってカゴを開けば中には二人分のサンドイッチと水筒、そしてお供の狐用の食事が入っていた。それらを広げて準備するとお供の狐を呼んで食事を始めた。
 ちょうど昼時だから、と空きっ腹にサンドイッチを入れる。柔らかなパンと卵とハムが美味しい。食感が楽しいレタスも良いアクセントだった。

 食事を終えるとお供の狐はまた見回りに向かった。それを鳴狐と見守りながら、ポツポツととりとめの無い話をする。昨日の馬当番で大和守安定が箒を直しただとか、今日の食事当番は器用だとか、明日は演練の予定が入っていただとか、そういう話だった。
 そんな話の最中にふと空を見上げれば雲が流れていくのが分かった。上空の風が速いのだろう。
「夕焼けが綺麗かな」
 明日は晴れるかな、とも呟いて我ながらおかしな言葉だと笑いがこみ上げた。だって今日だって晴れてるのに、明日は、何て。

 ふふと笑っていると、鳴狐がポツリと言葉を発した。
「たとえば、白い部屋があるとして。きみはそこに何が見える? 」
 突然の発言にぴたりと動きを止めてしまう。自然と目を見開いて、瞬きをした。呼吸が一瞬止まって、意識的に呼吸を再開した。
 何が、どう繋がってそんな話になったのかと聞けば良かったのだろう。でも、それが出来なかったのは真っ先に二人が頭に浮かんだからだ。
 一人はじっちゃんだった。それは俺のアイデンティティとも言える大切な人だから、何も動揺することは無い。でも、もう一人浮かんだのが問題だった。今隣に座っている、少年のような刀。面を外して微笑んでいる、想像上の鳴狐が浮かんだ。そう、想像上だ。俺は鳴狐が面を外した姿を一度だって見たことが無いのだから。
 浮かんだ鳴狐は優しい微笑みを浮かべていて、俺は嫌でも自分の気持ちを思い知らされて、冗談じゃないと怒りすら湧いてきた。こんな感情は仲間である鳴狐に抱いてはならないのに、どうしようもなく俺の心の底にあるのだ。そんな感情に対して、前述した通りに憤慨する気持ちはもちろんのこと、泣きたくなるような悲しい気持ちもあった。
 そんな訳が分からなくてぐちゃぐちゃな気持ちの中で、俺はこの中の一つだって言ってはならないと口を強く閉じた。だけど、質問に答えないのは不自然だから、なるべく声を震わせないように答えた。
「何も無いぜ」
 不自然ではあるだろう。でも、声はいつも通りのものだった。だからそれに安心して、俺はへらと笑って見せた。
「でも、じっちゃんがいたらいいな」
 質問を履き違えたような答えだとは分かっていた。でも俺らしい希望を述べてみたつもりだった。じっちゃんを望むのは偽りではないから、それ以上は何も言わないでほしいと願った。追求は、まっぴらだった。
「……そっか」
 鳴狐はそれだけだった。その声がいつもの平坦な声なのに、俺にはとても優しい声に聞こえて、俺は何てどうしようも無いのだろうと泣いてしまいそうになった。

 野原の中、一瞬だけ見えた白い部屋は過去と未来のどちらを見せたかったのだろう。

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