鶴獅子/震える指が示すものは/夏+川遊び/鶴丸視点


 川の向こうは案内無しには行けぬのか。
 本丸の裏にある山はどうやら本丸の一部であるらしく、主の思うままに季節が変わる。これでも暦通りにしているのだよと笑った主に、それにしては冬が短いんじゃないかとからかうのは止めておいた。冷え性が辛いというのを、この身を得ることでよく知ったからだ。
 今の季節は真夏。日差しは強く肌を焼き、青々と生命力に溢れた木々がざわつく。蝉の合唱がわんわんと響き、流れる川の音が涼しい。そんな山中の川辺にやって来た俺と獅子王は、揃って川の浅いところに素足を浸けて、冷たいと叫んだ。

 獅子王と俺は暇を与えられている。ここ数日、連続で出陣部隊に配属されていて、疲労が溜まっているだろうからという主の采配だった。しかし正直なところ、俺も獅子王も体を動かす事が好きだから、そうやって暇を出されても困ってしまう。体を休めるなんて毎日寝れば回復するだろうとは獅子王の弁で、尤もだと同意する。

 獅子王がばしゃばしゃと川を進む。深いところには近づくなよと言えば、分かっていると元気に返された。
「鶴丸ー、魚がいる! 」
 言われて水の中をよく見れば流れに逆らってきらりと輝く小魚がいた。おそらく、流れが緩やかなところにはアメンボやヤゴがいたりするのだろう。主の霊力が満ちたこの山はとにかく豊かな山だった。
 強い日差しというものは冷たい川に足を浸していても頭がクラクラとしてくるものだ。日陰に移動して手頃な岩の上に座る。獅子王はまだ日向の川の中にいて、ふくらはぎ近くまでの深さがある場所を歩いていた。足元を見て微笑んでいる姿からして、魚を追いかけているのだろう。金色の髪が強い光に輝いていて、黒いジャージが暑そうだった。
 あまり深いところに行くなよと声をかければ、やっと気がついたように顔を上げて俺を見た。そして分かっていると笑って、こちらに向かって来ようとして、ばっしゃん。転んだ。
「獅子王?! 」
 思わず川に飛び込んで駆け寄れば、彼は大きく笑って水の中に座っていた。
「冷たい! 」
「当たり前だろう。」
 びしょびしょだと残念そうでいてどこか楽しそうな獅子王に手を差し伸べた。彼は俺の手を目を丸くして見つめ、やがてくしゃりと笑って手を取った。その手が震えていたのは、寒いからというだけではないのだろう。誰かと重ねたのかもしれないと考えると、ちょっと気に食わなくて、強く引っ張ると獅子王はふらつきながら立ち上がった。
「ありがとな、鶴丸。」
「大したことじゃないさ。」
 そろそろ帰ろうと言えば、獅子王が乾くまで川辺に居ると言うので、それもそうかと思った。時間はまだ朝に近いし、服をある程度乾かさないと不快だろう。

 風通しの良い木陰に並んで座る。蝉の声に混じる、他の生き物たちの気配が心地良かった。それでももやもやと心につっかかるのは手が震えていた獅子王の事で、ちらりと横を見れば彼は黙って川を眺めていた。俺も川を見れば、煌めく水面が美しかった。
「鶴丸ってさ、白いじゃん。」
 唐突な言葉によく意味が汲み取れず、曖昧な相槌を打つ。でもそれが正解だったらしく、獅子王は続けた。
「幽霊みたいだなって。」
 連れて行かれるかと思ったと笑った彼は、どこかに愛情を向けているようで、気に食わなかった。
「そうだな、連れて行くなら、団子屋だ。」
 お八つは大事だろうと笑えば、獅子王が目を丸くしてこちらを見ていて、視線が交わったかと思うと、くしゃりと泣き笑いの顔を見せた。
「その前に昼飯だろ。」
 ハラ減ったと獅子王が俺にもたれ掛かるので、濡れるけれど悪くないと笑みが溢れた。



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