呑み込まれてしまいたい/うぐしし/わたしをたべて/春/獅子王さんのささやかな恋情と鶯丸さんの深い愛情


 俺が何をしていようと貴方は気にしなくてもいいのです。気にしなくたっていいのです。
 桜が咲いた、春の日。宴会の翌日、この本丸は休日だった。若い刀は教師の資格を持つ主に授業を頼み込んで勉学に励んだり、ある者は料理裁縫その他手仕事の練習をしたり、己を鍛えたい者は木刀を持って戦の鍛錬をしたりと各々が思い思いに過ごしていた。その中で、俺は菓子作りを学んでいた。
 主が買ってくれた和菓子の本を歌仙や平野と並んで覗き込み、あーだこうだと議論しながら菓子作りを進めていく。今日のお八つに消費してもらうして、練習と試作を重ねていく。今日は桜餅の試作で、しばらく前に漬け込んでいた桜の葉を桶から慎重に取り出した。
 形が不恰好だなんて些細なことで、まずは味が問題である。年齢層が広い本丸の皆が喜ぶ味付けを探り、数個分を作っては調味料の調整を重ねた。やがて昼時になったので調理場を食事当番と分け合って狭い中で作業する。お八つの時間にはある程度、味が決まった。

 お八つの時間である。俺はお茶と桜餅を二人分用意して彼の部屋に向かった。廊下を歩いていれば、今剣がひょいと顔を覗かせて、今日のお八つは桜餅ですねと広間に駆けて行った。短刀の友人や、岩融と食べるのだろう。微笑ましかった。
 彼の部屋の前に行くと、中から二人分の気配がして、首を傾げればするりと戸が開いた。そこにいたのは白い刀で、驚いたかと笑っていた。
「何だ、今日のお八つは桜餅か。また花見でもするのか? 」
「また今度な。鶯さんは? 」
「居るぜ。」
 じゃあ俺はこれでと鶴丸は出て行き、俺は部屋の中に入った。鶯さんと彼の名を呼べば、やあと彼は顔を上げた。
 机には書物が散乱していた。調べごとを少しなと笑う彼に、片付けを手伝うぜと盆を安全な場所に置いてから紙類の片付けを手伝った。
 この本丸は主が教師なだけあって、だれもが勉学に興味を持ちやすい。勉強用具は大概のものが無料で配給され、図書室も古今東西豊富な蔵書を揃えている。そういえば、内番に図書当番があるのはこの本丸ぐらいではないだろうか。
 紙類を片付けていると、植物の資料が多いことに気がつく。それが分かったらしい鶯さんは、桜が咲いたからなと笑った。なるほど、桜に関する調べごとをしていたようだ。
 だいたい片付けを済ませると空いた机に桜餅とお茶を並べた。それらを確認した鶯さんはふわりと笑った。
「獅子王が作ったのか。」
「え、よく分かったな。俺と、歌仙と、平野かな。途中で燭台切の手も借りたけど。」
「そうか。」
 鶯さんが桜餅を食べるので、俺も桜餅を頬張った。少しの塩気と甘い餡、弾力のある餅がいい塩梅で組み合わさっていた。
 なかなか上手くできたと笑みがこぼれる。向かいに座っている鶯さんはお茶を飲んで、美味しいと言ってくれた。
「獅子王は料理上手だな。」
「いや、そんな事はないけど。」
「悪いことではない。」
「まあ、うん。」
 だから受け取れということだろうと察して、俺はありがとうと礼を言った。

 食べ終えたら続きの調べごとをするのだろうと思って会話をしていると、どうやら調べごとはひと段落したらしかった。茶の時間が終わったら散歩をしようと鶯さんは言った。
「大包平は桜が好きだからな。」
「そうなんだ。」
「良い場所を見つけてしまおう。」
 にこりと笑って鶯さんに、俺はどうなのかと不思議に思った。
「俺が一番でもいいのか? 」
 その良い場所を、俺と探し出しても良いものなのかと問いかければ、鶯さんは笑みを深くして軽やかに告げた。
「だからこそ、だろう。」
 そうして茶を飲み干した鶯さんの真意が掴みきれなくて、俺は首を傾げながら、桜餅の最後の一口を口に入れたのだった。



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