やがて、うららかなるあなた/うぐしし/うららかなるあなた=まぼろしのしあわせ


 うららかなる春の日。

 いつかの夢を見ていた。かつての主達と語らう夢を見ていた。それは実体を持たなかった俺には叶わぬ事なのに、夢はまるで本当にあったかのような現実感を魅せる。引き寄せられてしまいそうになったのは、やはり恋しく思っているからだろう。人と関わりを持つことは父(刀工)を持つ我ら刀にとって、何にも代え難い幸福を与えられることだ。
 春の日差しの中、昼寝から意識を戻して外を眺める。座ったまま寝ていたらしい。外は肌寒い夕方になろうとしていた。日が陰っている、その中を黒い獣と歩く青年。現代の洋服を纏う細身の彼は俺に気がついて、鵺を眺めていた顔を上げた。
−うぐいすさん。
 そう、口が動いた。柔らかな笑顔は、彼の声が聞こえないのに、どうにも優しい声をしている気がした。
−どうしたの。
 問いかけに、俺は答えない。白いシャツだとか、当たり前のような綿のズボンだとか。逢魔が時だからだとか、誰そ彼とか、そういうことでは無い。うららかな春の光から滲み出たような彼は、光の中へと消えようとしていた。
 最初から、彼ではなかったのだ。

 偽りの思い出だとか、春の日差しだとか。意識は完全に浮上していないとか。段々と明瞭になる意識の世界で、彼は笑っていた。
−またね。
 手を振る彼はどこまでも優しい目をしている。夕日で、顔なんて見えない筈なのに。

 頭を撫でられた。目を開けば黒と金の青年がいた。刃色の目を細めて、お早うと笑った。
「一刻ぐらい寝てたぜ。」
「そうか。」
 外はまだ明るい。春の日差しが心地良かった。青年は語る。
「さっきお八つだって団子をもらったんだ。食べようぜ。」
 ならば茶を淹れようと俺は起き上がった。ふらりとしてしまい、青年が慌てて支えようとしてくれた。それに笑みを溢すと、俺にだって支えられるんだからなと機嫌を損ねてしまったらしい。
「ああ、そうだな。許してくれ。代わりにとびきりの茶を淹れよう。」
「まあ、いいけど。じゃあ俺に何か手伝うことあるか? 」
「部屋の準備をしてくれ。少し本が散らばっているんだ。」
「ふうん。調べ物か? 」
「そんなところだ。」
 曖昧に言ったが、青年は特に気にすることなく部屋へと向かって行った。途中、早くしないと団子を食べてしまうぞとささやかに脅すことを忘れずに。俺は笑みを浮かべて、それから立ち上がった。穏やかな春の日差し、うららかな光。

 庭の向こうで、うららかなるあの子が笑っていた。



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