髭獅子/獅子、獅子の子、かたなし。/出会いとコタツ


 ふわ、目覚めた。
 目を開けば、見えたのは金色の髪。五振りの刀を引き連れて彼は優しく微笑んだ。
 ドロップという方法で本丸に刀が降りる際、基本的には戦場で拾った刀を部隊が本丸に持ち帰り、審神者が直接呼びかけるという行程を経ることで顕現が成立するらしい。しかし例外がある。審神者の力が桁違いに強い場合はその濃密な霊力をなみなみと注がれた刀が近寄っただけで刀の付喪神が降りる、つまり顕現が成立してしまうのだ。そう、僕にはそれが起きたわけである。
 彼は名を獅子王と名乗った。うっすらと聞き覚えのある名だったが、彼は初めましてと丁寧に挨拶していた。直接は会っていないのかもしれないと推察していると、率いている五振りの刀の自己紹介もされた。彼らによろしくと返すと、金色の彼が手を差し出した。その手は黒い手袋で覆われていて、この子は金色と黒色なのだなと思った。
「髭切? 」
「ああ、何だい? 」
「いや、ほら。」
 手を差し伸べ続ける彼に、ようやく意図を掴んでその手をとれば彼はにっこりと笑って繋いだ手を緩く揺らした。案内するよ、そう言って彼は歩き出した。引っ張られるままに歩いていると彼が率いていた五振りの内、長い黒髪をした大太刀を持つ刀が、いつものことですよと話しかけてくれた。どうやら彼が戦場でドロップした刀を顕現させてしまうのは初めての事ではないらしい。そしてその度にこうして手を引っ張って連れて帰るのだとか。
「どうして? 」
「はぐれたら危険だからだと言っていましたよ。」
 そうなのか、ふうん。そう返事をして前を向けば、前を向いて歩いていた彼が振り返った。どうした、と片方だけさらけ出された刃色の目で僕を見た。その目がきらきらとして見えて、綺麗だなあと僕は微笑んだ。彼は不思議そうにして、まあいいかとまた前を向いて僕の案内を再開した。

 本丸は広いところだった。弟を探して出陣を重ねているという本丸はバタバタしていて、弟が来たらちゃんとした祝いの席を設けるからと審神者は謝りながら簡易の歓迎会を開いてくれた。そう、審神者は桁違いの霊力を持っている割にはやけに物腰が柔らかいというか、腰が低い人物だった。もう少し偉そうにしてるかと思った、しばらくしてからそんな風に声をかければ、ハハハと寂しそうに笑われた。どうやら劣等感か何かを持っているらしい。なので、彼はまだ若いからだろうと結論付けた。

 そうして数日。弟探しも佳境らしい。そんな日の昼間に僕を顕現させてしまった金色の彼を見つけた。この本丸で一番練度が高く審神者から信頼されている彼は連日の出陣に少し疲れているらしかった。本日は休暇を与えられたのだと内番着で困ったように笑った彼に、ならば僕の部屋でお休みよと自室に案内した。
 不思議そうについてきた彼を部屋に招けば、彼は刃色の目をぱちりと丸くした。
「どうぞ。あったかいよ。」
「え、あ、うん。これ、どうしたんだ? 」
「コタツだよ。」
「いやそれは分かるけど。」
 審神者からもらった給料で買ったのだと説明すれば、思い切ったなと驚いた顔をしていた。
 電源を入れる。すっかり慣れたその動作をしてコタツに入ると、さっき用事で部屋から出るまで付けていたコタツはまだ温かさが残っていた。金色の彼はおおと感動していて、僕はそうだと彼の前にさっきの用事で得たものをひとつ置いた。
「みかん? 」
「コタツにはみかんがいいって、えーっと華やかな着物を着た大太刀の、」
「次郎太刀だと思う。」
「そう、彼がね、酒もいいけどみかんの方がいいってさ。」
 へえ、意外だ。そんな事を言いながらもありがとうと彼は僕にお礼を言って、ぺりぺりと蜜柑の皮を剥き始めた。僕も蜜柑を剥いてやわらかな身を食べる。ひやっとして甘い蜜柑が温まってきた体にちょうど良かった。

 食べ終えると金色の彼は最後の一粒を指先に持っていて、その光景を見てひらめいた僕は口を開いた。
「ちょうだい。」
「え、うん。」
 少し身を屈めて、あーと口を開けば彼は僕の口に蜜柑を入れた。そこで彼が指を引き抜く前に口を閉じてしまったので彼は素っ頓狂な声を上げていた。まあいいやと動けないらしい彼の手を掴んで、するりと口から引き抜くと口の中の蜜柑を味わった。甘い果汁が何だかさっきより濃いような気がした。個体差かなと考えてから、ふとやけに静かな彼を見てみると、顔を真っ赤にして動けなくなっていた。おういと彼の前で手を振れば気がついたらしい彼がまた奇声を上げて、今度は頭を抱えていた。どうしたんだろうとか面白い子だなと思って見ていると、彼は小さな声で言った。
「そういうことはしない方がいい。うん、もうしちゃだめだからな。」
 途中から顔を上げてそう言った彼は目が潤んでいた。何だか面白い子だなと再び思って、僕はクスクスと笑った。ああとかううとか呻いている彼はまた頭を抱えそうになっていて、だから僕はそんな彼のさらけ出されている首の辺りを手のひら全体で触ってから、顔を上げた彼に伝えてみた。
「きみにしかしないから大丈夫。」
 安心して、ね。笑えば彼は目を回したように倒れて、炬燵布団に顔を埋めていた。ちらりと見える首と耳が真っ赤な色をしている。
(かわいいなあ。)
 面白くて可愛い子だと僕は改めて認識したのだった。

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