膝獅子/真昼間の薔薇園/無自覚両片思い


 赤、白、黄色。
 さんさんと降り注ぐ太陽。初夏の真昼間は流石に暑かった。木陰に座って休んでいれば、獅子王がくるくると園の中を歩いているのが見える。日の位置は真上近くで、俺たちの現在地はとある時代の薔薇園であった。
 写真家であったという俺たちの審神者は遠征ついでに視察してこいと俺たちをこの時代に放り込んだ。
 何もこんな天気の良い日ではなくとも。そんなことを考えながらきらきら光る金色の髪を眺めていれば、くるりと彼がこちら向いた。膝丸と俺の名前を叫んだ。周りに人物が見当たらないとはいえ、叫ぶのはどうなのか。のんびりとした兄者が恋しくなりながら、騒がしい獅子王に手を振った。すると彼はその髪と黒い戦装束を揺らして駆け寄ってくる。何かあったのか。
「膝丸っ!」
「どうした。」
「いや、何でそんなところに居るんだよ。」
「流石に暑いぞ。」
 きょとんとする獅子王の服装を改めて観察する。黒い衣、金色の装飾。これはまた、何とも暑そうだ。俺よりも暑そうに見えると思っていれば、獅子王は少し拗ねた様子で発言した。
「視察だろ! 任務だろ! 」
「まあそうだが。」
「だからこんな所に座ってないで見て回ろうぜ。」
「ここからでも見える。」
 だからここに居ると伝えれば、獅子王は深いため息を吐いた。そして仕方なさそうに俺の腕を掴んだ。引っ張るので引っ張られるままに立ち上がる。素直に立ち上がったのは、力技を行使されると練度に差のある俺では不利だからだ。
「ほら行くぞ。」
「分かった。分かったから離せ。」
「嫌だ。だって戻っちまうんだろ。」
「戻らないでおこう。」
「……。」
「約束するからその目は止めろ。」
 疑いの眼差しに気まずくなってそう言えば、渋々といった様子で彼は前を向いた。そして歩き出す。腕は離さないのかと考えていると、すぐに視界は眩しくなり、カラフルな薔薇たちで溢れた。

 花壇の傍を歩けば嫌でも目に入る花々だが、その中でも時折目が吸い寄せられるような種類の花があった。その度に獅子王は立ち止まると、どの花なのかと確認した。そしてメモ用紙にその花の名を記録すると再び歩き出す。何度か繰り返せば、どうやら獅子王が俺を使って花を選別していることが分かってきた。
 一周した辺りで立ち止まり、メモを眺め始めた刀はもう一回見て回るかとでも思案しているようだ。俺はそれが気に入らないと考えて、彼の手からメモを奪った。メモを持った俺の手は彼の頭上。つられて上がったらしい彼の手は何も無い空中で止まり、刃色の瞳を見開いて驚いていた。そんな刀が気を取り戻して何か文句を言う前に、俺は口を開いた。
「お前も選べ。」
 任務だろうと伝えれば、刀は気まずそうに目を逸らし、息を吐いてから小さく頷いた。

「俺さあ、選べないんだよなあ。」
 だから膝丸を連れてきたのに、と不満そうな獅子王は赤い薔薇の前で憂鬱そうに立ち止まっている。何故だと問えば、膝丸は好き嫌いがハッキリしてるだろうなんて言うので、お前こそそうだろうと言おうとしてふと違和感を感じた。開きかけた口を閉じ、理由が何なのか分からずに黙っていると獅子王は気がつかない様子で続けた。
「じっちゃんなら何て報告するんだろ。」
 その言葉を聞いた瞬間に思わずメモ用紙で頭を叩いた。彼の頭が揺れて、うめき声が聞こえる。強くは叩いていないから痛みは無いだろう。ただ、思考の渦から抜け出す手伝いは出来たはずだ。

 獅子王は語る。
「俺の気に入った花を選ぶんだろ。」
 難しいなあと言いながらのろのろと動き出したので、俺はその腕を掴んだ。黒い衣服は少しばかり熱を持っている。
「さっさと選べ。早く帰るぞ。」
 熱中症になって手入れ部屋行きはまっぴらだと伝えれば、獅子王はハハと乾いた笑い声を上げ、その通りだと薔薇園を見渡したのだった。

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