さよならのための共犯者/いちしし/テーマ:旅にでる、恋情を語る/捏造闇堕ち一期一振っぽいものが出ます


 手を差し出した彼は言う。
「私と共にいきましょう。」
 乞うように。囁くように。

 それは晴れた日のことだった。朝飯を食べ終えて、振り分けられた内番が無い日だった。だから鵺の手入れをしていたのだが、そんな時に彼は現れたのだ。水色の短い髪を揺らして歩いてきた彼は俺の前で立ち止まると手を差し出して、するりと言う。
「私と共に行きましょう。」
 見慣れぬ赤い目をした彼を俺は少しだけ見つめた。それから息を吐いて、ゆっくりとした動作でその手に俺の手を置いた。鵺はひょいと俺の膝から飛び降りて、何処かへ消えた。
「いいぜ。」
 お前ならいいよ、って。

 縁側から下駄も履かずに庭に降りると引っ張られるままに土の上をを歩き、門へとたどり着く。彼が門の扉に手を置くと浮かび上がった術式が赤く染まる。ぱりんと小さな硝子が割れる音がして門が小さく開いた。彼は俺を見てにこりと笑ったかと思うと、前を向いて門の扉に当てたままの手に力を込めてその扉を開いた。そして手を引いて外へと踏み出すので、俺もそれに習った。

 そこは何度も来たことがある場所のようで、一度たりとも来たことの無いような場所。そう、ここは俺たちが闘う戦場、しかもおそらく大阪城なのだろうが、いつもと様子が違った。赤い花が咲き乱れ、焼け焦げた建物には赤茶色の蔦が這っていた。
 赤い花を踏みながら彼は進む。俺は引っ張られるままに着いて行く。どこもかしこも真っ黒で、半分崩れた建物に入ると彼は進む速度を少しだけ上げたような気がした。
 そうして歩いて歩いて、辿り着いたのだろう。彼が立ち止まったそこは天井が落ちて日の光が差し込んでおり、辺り一面が名前のわからない花で真っ赤に埋め尽くされていた。彼は俺へと振り返り、下手くそな笑顔を見せた。辺りをもう少しばかり観察すれば、赤い花で埋め尽くされたここは地面から生えた花ばかりでは無くて、手折られた赤い花や千切られた赤い花といった他所から運ばれてきたであろう花もあるらしかった。
 そんな真っ赤の中で彼は言う。
「貴方と共にいきたいのです。」

 私の、死んだ、この場所で。

 なあ、と俺は話しかける。
「お前はどうして俺がいいんだ? 」
 分かりきっていることを俺は聞く。彼は思った通りに不審そうな顔をして、告げる。
「愛しているからです。」
「哀? 」
「いえ、愛しているのです。」
 彼は言う。
「如何しようも無く、私は貴方を愛しているのです。貴方だけが私の全てなのです。貴方しか要りません。貴方が私の生きる意味なのです。」
 だから、どうかと彼は乞う。
「お許しください。お赦しください。私の愛を肯定して、私を肯定して、私と共に、嗚呼、私の物になって。貴方が欲しいのです。」
 そうして繋がっていた手を引っ張られそうになったところで。

「ごめんな。」
 言えば強い力で反対方向に引っ張られる。彼は俺の手を離してはいないけれど、引っ張ることを忘れて唖然としていた。俺の肩を抱く男が背後に居た。
「獅子王殿。」
「一期だな。」
「はい、そうです。」
 一期一振は俺を抱いたまま刀の切っ先を、己とよく似た彼へと向ける。
「返していただきます。」
 静かな声ではあるが、怒りが滲み出ている。彼は諦めたように笑って、俺の手から手を離した。そして、代わりに俺へと赤い花を差し出した。いつの間に手折ったのだろうか、その花はこの時空で唯一俺が知っている花らしかった。
「赤いキクか。」
 手を伸ばして受け取ろうとするが、一期が俺を抱きしめている腕に力を込めた。どうやら許してはくれないらしい。俺はごめんなと彼に言った。彼は寂しそうに笑った。
 彼はゆっくりと後ろに下がっていくと、口を開く。
「忘れないでください。」
 如何か、私の事を。そう聞こえた時には世界がぐちゃりと回っていた。

 本丸の門の前。一期と並んでそこに現れたのだろう。集まっていた刀たちがワッと駆け寄ってきた。その中でも粟田口の刀たちは泣きそうに涙ぐんでいて、どうやら俺があの彼に引っ張られて門から出たところを見ていた者がいたらしいと分かった。
 彼らを安心させる言葉をかけてから、報告の為に審神者である主の元へと向かった。当然一期と共にであり、その二人きりの道中で彼は苦々しそうに呟いた。
「私の責任です。私がきちんと折り合いをつけなかったから……。」
 その呟きに、そうだろうなと思った。俺が好きらしい彼は俺に告白はしていない。胸に秘めて墓場に持って行くつもりだったと彼は続けて呟いていた。
 だから、俺は言ってあげる。
「嬉しかったぜ。」
 すると一期は立ち止まったので遅れて立ち止まって振り返れば、彼は目を見開いて呆然していた。俺は思わず笑ってしまった。
「貴方は、全部分かった上でついていったのですか。」
「おう。一期の恋情だろ。悪いことはしないだろうなって。」
 危ういお方だと彼は言った。
「あの私が貴方を隠したら帰ってこれなかったのですよ。」
「一期は俺を隠せないだろ。」
「神格の話では無く! 」
「勿論その上でだって。何があっても一期は俺を隠せない。」
 彼は疑問に満ちた瞳で俺を見る。それは真っ直ぐな目をしていた。やはり、この刀は俺を隠せないと笑みがこぼれた。
「だって一期はそういう刀じゃあないだろ。」
 さあ、主の元へ行こうと手を差し伸べれば彼は戸惑いながら手を重ねた。一歩、一歩とゆっくり歩けば一期は大人しくついてくる。さっきとは逆だなと考えていれば、大人しかった彼が口を開いた。
「嬉しいと、思ってくださるのですか。」
 言葉に迷った様子でそう告げるものだから俺は前を向いたまま頷いて、それから顔を赤く染め上げた彼へと振り返った。にやりと笑った顔はちょっとだけ熱い。
「好きだよ、一期。」
 俺はお前と生きたいよ、って。



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