温室庭園/いちしし/いつか楽園になる庭で眠る獅子/折れかけた獅子王さんがほぼ軟禁状態になっている話


 柔らかな日差しが心地よい温室にて。
 ガラス張りの温室の中は暖かな空気で満ちている。そんな温室には数多くの植物が植えられ、全てが審神者や一部の刀剣男士の手によってすくすくと育っていた。
 一期一振はそんな温室の出入り口たるガラス戸を開き、躊躇することなく立ち入ると前を向いてまっすぐに温室の小道を進んだ。
 そう時間はかからずに広場へと出た一期一振はそのまま別の小道へと進む。二つの分岐を過ぎたところで刀は目当ての刀を見つけた。
 黒いばけものが寝ている。そんなばけものが寄り添うようにしているのは真っ白なシーツが敷かれたセミダブルのベッド。その中央で丸くなって眠るのは目当ての刀である小柄な太刀。金色の長い髪が散らばるベッドに一期一振は近寄り、片手をベッドについてもう片方の手で刀の肩を触った。黒地に黄色の模様があるジャージ姿、つまりは内番着姿のその刀はその刺激でゆるゆると目を開く。表れた刃色の目に、一期一振は安心したように微笑んだ。
「いちご、か。」
「はい。食事の時間ですのでお迎えにあがりました。」
「食欲、ない。」
「食べなければ弱っていくだけです。さあ獅子王殿、手を。」
 一期一振が丸く寝転がる獅子王の肩から手を離して彼に手を差し伸べた。獅子王はまだ眠た気な目を一期一振の手のひらと彼の顔とで行ったり来たりさせ、観念したように目を伏せがちにしてから己の手を彼の手に乗せた。一期一振はそれを視認してから手を柔らかくもしっかりと握り、引っ張る。獅子王はゆっくりと起き上がり、そのまま一期一振へともたれかかった。一期一振は獅子王が素足であることに今やっと気がついた様子を見せ、はあとため息を吐いてから獅子王を抱き上げた。
「獅子王殿。履き物を履いてくださいと何度言ったら、」
「だってここは室内だろ。」
「土があるので汚れてしまいます。」
「ジョウロで水も降るしな。」
「分かっているのなら、」
「でもそういうのは避けるから大丈夫だって、な?」
「はあ。」
 一期一振は頭が痛いとでも言うように頭を振り、獅子王はそんな一期一振を見てクスクスと笑った。やがて温室の広場へと出ると、獅子王が降りると言い出したので一期一振はその申し出を却下して出入り口のガラス戸へと向かった。

 ガラス戸の前まで来た時、獅子王は何でもないように言う。
「俺はいつになったら戦に戻れるんだろうな。」
 その言葉に一期一振は動きを止め、獅子王の下された長い髪を見つめた。腰ほどまであるその髪を見て、一期一振は何かを思ったようだ。少し困ったようにして口を開く。
「主の、心持ち次第でしょうか。」
 苦しいような響きもあるその言葉に、獅子王はハハと笑った。
「ま、自業自得でもあるし、未だいいや。」
 愚痴に付き合ってくれてありがとう。そう獅子王が言うと、一期一振は返事はせずにガラス戸へと手を向かわせたのだった。それがどこか重々しい動作なのは、きっと彼も審神者と同じ気持ちを持っていたからだろう。

- ナノ -