うぐしし/さみしさの果てにきみとぼくは愛を紡ぐ/かつて隣にいた鶯丸を思う獅子王/友情出演:献上組/ハッピーエンド


 隣に誰かがいたような気がしたんだ。
 一期と平野がお茶に誘ってくれた。指定された部屋に向かえば鶴丸もいて、四人で机を囲んで平野の淹れた美味しい緑茶を飲んだ。近況報告をして、あれがあったこれがあったと話題に絶えない昔話をした。だけれど、何でだろう。どこか記憶に穴があるような、心にぽっかりと空虚な あな があるような気がした。それが何なのか俺は分からなくて、どうしましたかと尋ねてくれた平野にどうにか取り繕って何でもないと返事をした。
 廊下を歩く。鵺を探し、名を呼んで歩いていれば、ふと隣に誰かがいた気がした。隣を見てもそこには誰もいなくて、自分自身がどうしたのだろうと思った。何か あやかし の類にでも憑かれたかな、何てあり得ないことを空想して一人で笑っていたら庭の隅にいる鵺を見つけた。駆け寄って抱き上げたら、鵺はどこかさみしそうに一度だけ鳴いた。
 夜、眠って。朝、目が覚めた。そしてふと自分が起き上がったすぐ横、布団の上を見つめた。どうしてだろう。誰かが居たような気がしたのだ。共寝するような関係のひとなんていないのに。この前五虎退と昼寝したからかな、なんて弱い理由を付けて俺は起き上がった。
 朝ごはんの後に本日の出陣部隊、遠征部隊、内番の割り当てが発表された。今日は洗濯当番だと確認してその場を去ろうとすると、獅子王殿と一期に呼び止められた。どうしたんだと振り返る。
「いえ、特にこれといった用ではないのですが。」
「ふうん。なら準備して来いよ。出陣部隊に割り当てられてただろ。ちゃんと準備しないと怪我すんぞ。」
「ありがとうございます。あの、獅子王殿。」
「ん?」
 なに、と聞けば、一期は少しだけ戸惑って、それから困った顔をして言う。
「貴方に会わせたいひとが居るのです。」
「へ、え? だれ?」
「それが、まだこの本丸にはいらっしゃらなくて。」
「そうか。ならそのうちだな。」
「だから、あの。」
「うん。」
「今日こそ どろっぷ して参ります!!」
「お、おう。」
 気合いの入った一期に、気持ちは嬉しいけど気負うなよと肩をとんと叩き、はいと元気のいい返事をして準備に向かう彼を見送った。
 元気だなと半ば呆然と見ていれば、はははと後ろから笑い声がした。振り返ればその声は鶴丸のもので、隣には平野もいた。ただし平野は困った顔をしていたけど。
「鶴丸……。」
「いやあ、悪い悪い。さあ俺も遠征の準備をするか。平野は内番か?」
「いえ、暇をいただきました。なので獅子王さんのお手伝いをしようと思ったのですが。」
「だそうだぞ獅子王。」
「おー。俺は嬉しいけど、平野は貴重な休みじゃないか?」
 俺の言葉に、平野は体を動かしていたいのですと照れたように笑った。どうやら働いている方が性に合うらしい。難儀だなと思いながら感謝の言葉を言っていると、鶴丸がさっさと準備に向かっていた。その背中に気をつけろよと言っていると、平野がくすりと笑った気配がして振り返る。当たっていたようで、平野は少しだけ楽しそうにしていた。彼は言う。
「やっぱり、鶴丸さんも早く再会してほしいと思っているのです。そしてなるべく本丸に長くいて、その時を見逃さないようにと。」
「えっと、俺の話か?」
「はい。」
 すると平野は少しだけ寂しそうな顔をし、何かを呟いた。それが聞き取れなくて、何かと問えば彼は頭を横に振って、早く洗濯をしてしまいましょうと急かした。

 この本丸の季節は初夏だ。木々が青々とし始める頃、夏の気配を漂わせる日差しはほんの少しだけ肌を焼く。真っ白な布団のシーツをいくつも干せば、今日の当番は終わりだ。平野と、元々俺と当番になっていた刀との三人がかりで行えば洗濯はあっという間に終わりそうである。最後のシーツを三人で広げて、物干し竿にかけて、棒で持ち上げて指定の場所にかければ、おしまい。
 終わったと三人で達成感を味わいつつ、俺が空を見上げればそろそろ昼時だった。昼飯を食べに行くかとカゴを持って歩きながら話をしていると、出陣部隊の帰還の笛の音がした。遠征部隊より早かったなと早く帰ってきたかったらしい鶴丸を思い出しつつ、一期がいるからと平野を向かわせようとして、平野が俺の手を持った。行きましょうと力強く言った彼に、どうしたのかと思いながら駆け足の彼になんとかついて行く。腕の中にはカゴがあって、移動するのに邪魔なのでどこかに置かせてほしいとぼんやり思った。
 そして見えてきた門の前。そこには一期率いる出陣部隊と、もう一振り。

 ほんの少し緑青色に似た髪の色。緑色を基調とした洋服。すらりと背の高い刀は俺を見た。その目が優しい色をしていて、ころり、俺はカゴを落とした。
「うぐいす、まる?」
 嗚呼、何故忘れていたのか。逸る(はやる)心を抑えて震える足で一歩ずつ近づいていたけれど、彼が俺に微笑みかけて、その口が俺の名を刻んだら、もうダメだった。
 走って駆けて、彼に飛びついた。刀は後ろに少しだけのけぞったけれど、ちゃんと受け止めてくれた。懐かしい彼が受け止めてくれた事実が嬉しくて、でも何だか涙が出て。忘れていたことが悲しくて、でも笑ってしまった。
「うぐいすさん、鶯丸さん……。」
「ああ俺だ、獅子王。」
「会いたかった。忘れていてごめんなさい。でも、ほんとに会いたかったんだ。」
「そうか。まあ、落ち着け。茶でも飲もう。」
 そして俺にたくさんの思い出話をしてくれと、刀は穏やかに俺の背を撫でた。その優しい心地に胸が締め付けられて、嗚呼やっと会えたと、会えなかった時間に涙が出た。
 初夏のまだ涼しい風の中。彼から体を離して、どちらともなく手をつないで、俺が手を引いて屋敷へと歩き出す。その優しく繋いだ手にもう離れたくないって、本当に、そう思ったのだった。



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