じじしし/欠月/テーマ:終末を謳ったおうさま/欠けているものが欲しい三日月とそんな崇高な刀剣男士じゃないのにと頭が痛い獅子王



 晴天の空の下、三日月のじーさんは笑う。
「これはまじないだ。」
 満月に成る為の呪と。

 四つ葉のクローバーを見つけた。俺が四つ葉のクローバーのことを知ったのはまだこの本丸と呼ばれる屋敷に数振りの刀しか居なかった頃だ。
 そんな頃に俺はかつてのこの小さな本丸に降ろされた。太刀は俺だけで、そんな数振りで身を寄せ合って主と共に戦っていた。そんな中、屋敷での小休止。主がそっと渡してくれたのが四つ葉のクローバーだった。
「いつも頑張っているあなた方に、どうか幸せが訪れますように。」
 幸せを呼ぶという四つ葉を、主はそれはそれは大切そうに俺たちへと手渡してくれた。シロツメクサが庭にあることを知っていたし、その指先の爪には洗い切れていない土が残っていたし、いつもきっちり纏めている髪が少しだけ解けていたから、俺たちが出陣している間に探し回ってくれたことが丸わかりだった。だから俺たちはそろって感謝の言葉を述べたのだった。

 さて、俺は四つ葉のクローバーを見つけた。久しぶりに見た四つ葉のクローバーはあの頃の思い出が詰まっていて、特別なものに見える。今、本丸は刀剣男士が増え、増改築が繰り返され、あの頃とは見違えるように広く大きく大人数の本丸となった。でも、主も俺たち初期の刀剣男士も何も変わらない。ずっと変わらず、俺たちは歴史修正主義者に立ち向かっている。そんな思いを一旦横に置き、四つ葉のクローバーを片手に目当てのひとを探す。動きやすいジャージでここにもいないあそこにもいないと本丸の中を歩き回って、出会った刀に行方を聞くものの、手がかりは掴めない。あの刀はどこに行ったのかと、最後の心当たりに行けば目当ての刀剣男士がいた。
「三日月のじーさん!」
「おお、獅子か。こんなところに来て、どうした?」
「それはこっちの台詞だっての。」
 目当ての刀剣男士、三日月宗近は、今ではもう使っていない小屋のそばにいた。農具を置いていたそこは、人数が増えて畑を大きくしたら農具が収まりきらなくなってしまった小屋だ。今では新しい小屋を畑の近くに建てて、そちらを使っている。こちらにも少しだけ道具があるが、どれも普段使わないようなものばかりだ。
 小屋に背中を預けるようにして地べたに座る三日月に、普段着であっても上等な着物が汚れるだろうと呆れながらも隣に座れば三日月はにこにこと楽しそうに笑む。そんなに上機嫌になることがあるだろうかと周囲を見てみるものの、木々や林道やありふれた野の花が見えるだけだ。もう一度三日月を見上げれば、三日月はこちらを見ていて俺が見たことを確認したかのように頷いて前を向いた。俺も前を見るが、何もない。ただ、俺にとっては懐かしい景色だった。俺というより、早くからこの本丸にいてこの小屋を使っていたひとなら誰もが懐かしいと思うだろう。やれ昔はあんなところで転けたなとか、やれあそこで昼食を食べたなだとか。でもそんな思い出は三日月にはないはずで、なにも気に留めるような景色はないはずだ。また三日月を見上げれば、三日月は前を向いたまま語った。
「ここは獅子王の思い出の一つなのだろう。」
「うん?」
「同じものが見たいと思ったのだが。」
 不思議か、とこちらを見て目を細める三日月に何も言えずに曖昧な相槌を打つ。それでも三日月はにこにこと嬉しそうにするので、三日月の言う通りに不思議でならなかった。
 何と無く気まずくて、視線を下げれば手の中の草を思い出す。そうだ、俺の目的はこれだったと。
「三日月のじーさん。はい、これ。」
「ん?」
 四つ葉のクローバーを差し出せば、案の定首を傾げる三日月に俺は笑顔で言う。
「幸せのおまじないなんだってさ。」
 持つものに幸せを運ぶという話だと伝えれば三日月は慎重に俺の手から四つ葉のクローバーを受け取った。ほう、とそれを眺める様子が微笑ましくて心があたたかくなる。
「三日月のじーさんに幸せが訪れますように。」
 三日月はありがとうと言ってくれた。
 三日月はこの本丸に来たのが今いる刀剣男士の中で一番最近だ。そんな三日月はたくさんの審神者を見てきたらしい。様々な審神者の中でも私利私欲に走るもの、三日月宗近に執着する彼らにうんざりしていたそうだ。そんな中で三日月は主と出会った。正確に最初に会ったのは俺だけれど、俺のことはまああまり気にしちゃいないだろう。三日月宗近を必要だとしなかった主を気に入ったらしい三日月はこの本丸に身を置いた。
 ちなみに主はコレクターとは真逆にいるような人で、収集より練度を上げることを重視していた。その為、鍛刀は数える程しかやらず、集まった刀剣男士の殆どは俺たちが拾ってきたやつらだ。最初の頃、つまり安定して戦えるぐらいの練度になるまではたくさん出陣したし、手入れされまくったし、団子もたくさん食べたことを思い出す。ま、主が独断で設定したという安定して戦える練度はそんなに高くなかったので辛いと思うほどではなかったが。むしろあの数日間、全力で走った日々は楽しかった。

 嬉しそうな三日月はゆっくりと口を開き、明瞭な喜色を乗せた声で語る。
「大切にしなければな。帰ったら水差しをもらおう。」
「いや、それなら栞にしたほうがいいぜ。屋敷に戻ったら教えるからさ。」
「そうか。それは何とも嬉しいことだ。」
「そんなにか?三日月のじーさんは大袈裟だな。」
 いつもそうだと呆れたように言えば、三日月はゆるりとこちらを見た。そして流れるような動作で俺の頬に手を伸ばし、複数の指先で俺の頬を撫でた。それがくすぐったくて笑ってしまえば、目の前に綺麗な顔があった。瞳の中、小さな夜空に浮かぶ三日月。
(ちがう。)
 これは欠けた月だ。

 睫毛が触れそうなほど近くにあった顔は離れた。動かなかった俺はというと、うっすらと笑みをたたえたその刀剣男士の目をじっと見つめていた。俺の顎にあった三日月の指先が首筋を撫で、鎖骨へと指先を滑らせる。彼が目を伏せる様を見つめながら、俺は言う。
「じいさんにとって三日月は完成しているのか。」
 三日月は目を閉じ、ゆっくりと開き、そして俺の目を見てニィと笑う。
「これはまじないだ。獅子よ。」
 満月を持つ者よ、と。

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