失語症のキメラ/うぐしし/"けもの"の花嫁/女装要素有/パラレルっぽいです


 目が覚めたら本丸が学校になっていた。
 そんな馬鹿げたことだとも笑えない。どうやら俺たちを束ねる審神者である主が、個人的な術をいそいそと練習していたのだ。そしてまあ、それはいつも通りのことで、それによって失敗が起きて、そのしわ寄せが俺たちにも打ち寄せるのはまた、常である。
 さて、この学校は前にテレビで見たドラマの舞台に似ている。だから学校だと思ったのだがしかしそれにしてはやけに朽ちている。あちこちが壊れ、苔むし、蔦が這っている。土まであるぞと観察しているとふと影が差した。何だろうと振り返れば、そこにはどうにも言葉にし難いバケモノがいた。でもあえて言うなら黒いアメーバというところか。べたべたとした黒い液体を滴らせながら、それは大きく口を開けた。おお、白い歯があるのだなと考えていれば、それが真っ二つに斬られる。そのまま床に染みるように消えたそれを見届けてから、俺を助けたひとを見た。
「何してんだよ鶯さん!!」
「やあ、獅子王。」
 やあじゃないと腹をたてる獅子王だが、それより気になったのは獅子王の服装だった。真っ白い服を着ているが、洋服なので鶴丸のものには似ていない。裾が足首まであって、広がっている。細かな刺繍が見え、彼の頭には向こうが透けている薄布が乗っていた。嗚呼、これはテレビで見た。
「花嫁衣装か。」
 案外似合っていると伝えれば彼は大きく肩を落とした。

 獅子王と教室を出て廊下を走る。前を走るのは獅子王で、俺はそれに続いた。彼がいつも通りに走っていても頭に乗ったヴェールは落ちない。どうなっているのだろうと考えつつも、そういえば俺はいつもの戦装束だなと残念に思った。
「他の刀は見つけてねえんだ。」
「この建物は見回ったか。」
「まだだ。さっきみたいな怪物が現れるからなかなか探索が進まねえんだ。」
 そんなことを話しながら喋っていると前方にまたあの黒いバケモノ。刀を向けた獅子王を確認してから後ろを振り向いて、おやと思う。
「獅子王。」
「なんだよ。」
「後ろにもいる。」
「え、マジ。」
 獅子王は後ろを向いて、ああと目元を覆った。前後に同じバケモノが二体。これはどちらかを斬ればいいという事ではある、のだろうが。
「ここは窓から出たらどうだ。」
「何でだよ。ここ多分四階だぞ。」
「獅子王、しっかり捕まっていてくれ。」
「ちょ、持ち上げんな!」
 白い花嫁衣装に少し苦戦したが無事獅子王を抱き上げて、窓ガラスが見当たらない窓から飛び降りた。獅子王の体が強張っているなと思いながら地面に着地すれば、やっぱり体の力が抜けたようだ。獅子王を地面におろした。
「嘘だろ……。」
「さあ行くか。」
「いやおかしくね?!四階から飛び降りたんだけど?!」
「そういう事もある。」
 ないと叫ぶ獅子王の腕を引っ張って走る。ここにはバケモノはいないが出てきたら困るからだ。だってここは狭いから俺たちは不利になる。

 数分走ってたどり着いたのは広い校庭だった。だけじゃない。
「何だあれ。」
「大きいな。」
「なあ反応それだけ?なあ、もっと大きく反応しようぜ。」
「黒いな。」
「そうだな!!」
 校庭の中央にいた黒いバケモノは今まで見てきたモノ達より数倍大きかった。よく見れば校舎より大きいそれによく育ったな感心していると獅子王が刀を振った。
「あれ退治すれば本丸に戻れる気がしてきた。」
「獅子王、目が据わってるぞ。」
「だってもう辛い。主にこの女物の服が辛い。」
 今まで自分でその話題に触れなかったのは避けていたからかと納得したところで獅子王は駆け出していた。
 白い衣装が黒いバケモノの前で舞うのはなかなかに映える。だがしかし、俺も刀である。

 刀を持って駆け出して、バケモノ退治に参加すれば獅子王がニィと笑った。その目はもう据わってなんかない。
「やっぱり鶯さんもノッてきたな!」
「まあ、そうだな。でもそれはきみの方だ。」
 爛々とした"けもの"の目に血が滾った。臓物が沸騰したかのような興奮に身を任せ、獅子王と共にバケモノを斬り裂いていく。バケモノの叫び声と時折繰り出されるバケモノからの攻撃が心地良い。右足でバケモノを踏みつけて、その足で飛んだ。降りかかる液体を斬り裂いて、その身体を斬る。血潮は溢れず、代わりに響くのは言葉にならない叫び声。
 最期の叫び声、断末魔を聞いて地面に染みるように消えるバケモノから降りると獅子王が息を吐いていた。これで帰れるなと笑った獅子王の白い花嫁衣装は一寸も汚れていなかった。純白色とか何とかが頭に浮かんだが、それよりも彼に駆け寄って、足りない血潮を感じたかった。
 だから俺は近寄り、己自身である刃でその首に触れることにした。それが許されると思ったのは、彼の目がまだ爛々とした "けもの" の目だったからである。



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