10:子ども扱いなんてもうさせない/一期視点


 じっちゃん、じっちゃんこわいよと泣きながら囁いていた獅子王殿の声が小さくなっていき、やがてかすかに背中が震えるまでになりました。泣き疲れたのでしょう。抱きしめていた体を離し、涙で濡れた顔を持ち歩いている手ぬぐいで拭いました。そして目を伏せてされるがまま、ただ手だけは私の服を掴んでいる獅子王殿。そんな疲れ切った姿を見つめてから、決心し、脇のあたりから腕を回してその背中と膝のあたりをぐっと持ち上げました。抱き上げたところで獅子王殿は目を開いて驚いておられました。降ろしてくれと両手で私の体を押す獅子王殿には力が入っておらず、そのささやかな抵抗を無視して私はゆっくりと歩き出しました。そんな様子に諦めたのか、獅子王殿は手で押すのをやめて、かすれた声で言いました。
「どこ行くんだよ、一期。なあ、降ろしてくれよ。」
「嫌です。」
「なんで。」
 どうしたんだよと獅子王殿は見たことがないぐらい不安そうで、私は説明するのです。
 私はあなたに恩返しがしたいのだと。
「私は守られていました。だから、恩返しがしたいのです。」
「そんなの、充分してくれただろ。」
「足りません。」
 抱き上げているせいで上方にある獅子王殿を見上げれば、獅子王殿はやっぱり困った顔をしておられました。赤く染まった目元、濡れた目。乱れた髪は結い直した方が良いでしょう。だから、まずは。
「部屋までお送りしましょう。」
 不安を少しでも和らげるようにと微笑んで言えば、獅子王殿は頬を染めて私の首元に頭を押し付けました。そして小さな声で言うのです。
「おくりおおかみは嫌だからな。」
 その言葉にもちろんですと応えながらも抱きしめる腕にほんの少しの力を加えたのでした。

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