うぐしし/破綻/鶯丸視点/うぐ→(←)しし/鶯丸さんと獅子王さんの思いが通じあわずに絡まってぐちゃぐちゃになる話/12.2の獅子王の日を祝いたかった


 指先を絡めて、水を掛けた粘土みたいにぐちゃぐちゃになって。
 何かを願っていることは知っていた。ただ、それが何なのかは知らなかった。獅子王がその小さな体でめいっぱい考えて、それでも願い事は叶わないのだと影で泣いている事を知っていた。その願いが何かは知らなかった。それらが歯痒いけれど、俺は何もしないでただ彼のそばに居てやった。隣にいるだけで少しでも軽くなるものがあるのがヒトだと聞くから、ヒトガタを持った俺たちもきっと同じだろう。実際に、獅子王は俺の隣でほっと息を吐いていたのを俺は知っている。それだけで満足していたところは確かにあった。だけれど、やっぱり歯痒いものがある。俺にできる事が少ない事、獅子王にこれだけ願っても叶わないことがある事が歯痒かった。全てを叶てやれるとは思っていないが、全てを叶えようとしてやりたかった。行き過ぎた籠の中の鳥みたいに飼い殺しにしたいわけではないけれど、丁寧な囲いで囲ってしまいたかった。その囲いはありふれた竹で作られたささやかなものでいいけれど、その作りは丁寧に丁寧に愛を込めてやりたかった。そう、全ては俺の望みであり、何も実現出来てはいないのだ。また、歯痒い事、歯痒い事。
「なあ、鶯丸。聞いてるか?」
「ああ。大包平の話だったな。」
「ちがうって。ほら、甘栗。」
 どうぞとその小さな手から渡されたのは綺麗に剥かれた茶色の甘栗で、便利なものが売ってるよなと獅子王は自分の口に別の甘栗を放りこんだ。それを見て、ならばと手のひらに置かれた甘栗を掴み、空いた手で獅子王の頬を触る。目を丸くして固まる獅子王の頬を撫でて、指を彼の口元に滑らせれば、彼は急いで甘栗を飲み込んでいた。それを見届けてから唇の間を押し開けるように指を差し込めば開かれる小さな口。そこへ甘栗を入れて、指を口から離した。両手を彼の両頬に当てて黙って見つめていれば、獅子王は気まずそうに口を閉じてゆっくりと甘栗を咀嚼した。ごくりと飲み込むのを見届けてから手を離せば、獅子王は長いため息を吐いた。どうしたと聞けば、困ったような怒ったような曖昧な表情をする。
「鶯さんは、変わってる。」
 甘いような響きを持つ呼び名に満足しながらも、その評価に不満を持つ。
「人と比べるのか。」
「いや、そうじゃない、と思う。たぶん。」
 誰と比べているのかと問いかければ、今度は困ったような笑顔になった。曖昧なそれに歯痒くなる。俺の囲いの中ならそんな顔をさせないようにするのに、と。
(キミは今どこに居るのか。)
 もしそれが他の誰かの籠の中だというのなら、その籠を歪ませて連れ出すのに。そんな事を考えながら見つめていれば、獅子王はふと顔をそらして机の上にある袋から甘栗を取り出し、ゆっくりと俺に差し出した。どうしたのかと思っていると、獅子王は言う。
「まだ食べてないだろ。」
 だから、はいどうぞ。そう言われて俺は指に挟んで差し出されたそれを見つめた。白く、小さな手。柔らかな線をわずかに残す、少年の手。その指先にある甘味。漂う誘惑に身を任せて彼の手首を掴み引き寄せる。指ごと口内に入れてから甘栗だけ歯で挟んで彼の指を引き抜く。すると彼は困った顔をしていた。ああ、不満だ。
「ちゃんと食べてくれよ。」
 なあ、頼むから。ひたむきな声色で伝えられた言葉に、俺は勿論だろうと目で訴える。
 咀嚼し、感じた甘味はどこか苦くて、どうにも胸が痛かった。

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