鶴獅子/絡めたのはあなたの心とわたしの愛


 空が高い。青空だ。
 獅子王と二人で本丸の中を歩き、時間を渡る門の前にいた。それは遠征から帰ってくる部隊を受け入れるためで、今回帰ってくる遠征部隊は馬を使ったからその馬を受け取る役目のため、というわけだ。ちなみに俺も獅子王も馬当番ではなく非番故に駆り出された手伝いだ。
 さて、空が高いのである。
「見ろ獅子王。空が青いぞ。」
「そりゃ空だしな。」
「何を言う。夕焼けやら朝焼けやらがあるだろう。あとは夜空、星空……。」
「あー、まあ、確かにあるなあ。」
 分かった分かったと適当に言う獅子王だがそれがどうにも不思議そうなものだから、俺はどうしたのかと聞く。驚きの気配はあまりないように見えるだとか思っていれば、獅子王は少しぼんやりとした声色で言った。
「鶴丸は空を見てたんだなって。」
「ほう。どういうことだ?」
「だって空はつまらないって言いそうだし。」
 あんまり変わらないからなと獅子王は言う。いやいや、そんなことはないだろう、だって雨が降ることもあれば虹がかかることもある、曇り空も晴れ空もまた別だろう、だからそうやって笑い飛ばそうとして獅子王の様子に気がつく。彼のあらわになっている片目、その鉛色の目が柔らかな色味を帯びていた。彼がこんな目をしている時はだいたい決まっている。驚きなんてやっぱりなかった。
「変わらないか。」
 わざと肝心なところを虫食いにして言えば、獅子王は空虚な声色で、うんと一言だけ口にした。
 空は変わらない。昔も、今も。あの頃も、今頃も。その事実をその愛で感じている獅子王は頼りない。というよりとんでもなく儚い気配をしていた。まるでそれは朝露のように消えてしまいそうなもの、または登っては消える泡のようなものか。
 だから俺は獅子王の首に手を伸ばす。いつもの通りに白い指先で首の筋をなぞった。獅子王はふるりと体を震わせて俺を見上げる。その目はまだまだ柔らかな色味をしていて、それが、なんと気に入らないことか。気に食わないことか。
「きみの心に絡んでしまえばいい。」
 獅子王が不可解そうな顔をしたので、してやったりと笑む。きみの首に当てたこの白い指先が、きみの心に絡んで、掴んで、果てには握り締めてしまえればいい。
「指先には愛が宿るのだろう。」
 声を微かに弾ませて言えば、獅子王は呆れた顔をしていた。
「それを言うなら気持ちが宿るとかそういう話じゃねえの。」
 そもそもそんなには聞かない話だと不満そうな獅子王の目から柔らかな色味は消えていた。今はただ、俺の白がうつるのみ。嗚呼、なんと満足なこと。
「満ち足りるということか。」
 誰に言うわけでもなく呟けば、目の前の獅子王はまた不可解そうな顔をしたのだった。
 遠征部隊の帰還、その合図が聞こえた。

- ナノ -