うぐしし/あなたはわたしのもの


 その澄んだ石はエメラルドというそうだ。
 鶯丸が見せてくれたそれは小指の爪ほどの大きさで、半透明をしていた。緑色に染まっているそれは硝子玉だろうかと思っていたら、なんと自然にできた特徴的な石の一つらしい。勿論、人の手をかけなければこんなにも輝かないがなと言う鶯丸にそういうものかと相槌を打って彼の手のひらにあるエメラルドを見る。引き込まれるような美しさに見惚れていれば、頭上でくすくすと笑う声が聞こえた。笑うのは二人きりのこの部屋の中で一人しかいないから、むっとして顔をあげれば鶯丸がすまないと微笑みを浮かべて謝罪してきた。その笑顔にほだされて別にいいけどと呟けば獅子王はいつも優しいなと言われたので、そんなの鶯丸こそだと伝えれば鶯丸はまた優しい笑顔になったのだった。
 しばらくしてエメラルドを箱に仕舞う鶯丸に、それはどうしてあるんだと問いかければ主が収集していたものの一つでそれを貰い受けたらしい。俺たちの主は収集癖があり、様々な物を集めている。どうやら一つ気になるとそれに関連した物を集めたくなってしまう性をしているらしいと、主は前に苦笑していた。ちなみにその収集癖は俺たち刀剣男子にも発揮され、なんとこの本丸には現在確認されている刀剣男子全員がいるらしい。加えて、たまに政府の役人が特別な任務を持ってくるぐらいには優秀な成績を納めている本丸だとかなんとか。その辺は俺たちに関係あるようであまり無いので特に気にしてない。つまり、あまり覚えていない。
 大事そうに箱に仕舞うので、宝物かと少しだけ嫉妬していると、さてと鶯丸がこちら見た。曰く、出掛ける準備は整っているかと。
「は?」
「なら準備をするといい。出かけようか。」
「え、えっ。出掛けるってどこにだよ。」
「町にだが。」
「いやそれはそうだろうけど!」
「はいきんぐがよかったか?」
「そうじゃない! ああもう準備するから!」
「門のところで待ってる。」
「分かった!」
 急いで鶯丸の部屋を出て自分の部屋へと向かう。町に降りるだけなら戦装束は着ない。前に鶯丸が褒めてくれた淡い青色の着物を着て帯を締めると軽く髪を整える。俺たちの見た目は町の中でとても目立つけれど、そこは神の端くれなので目くらましの術を施してどうにか目立たないようにしている。なのでいっそ戦装束で出掛けてもいいのだけれど、あの服はやはり戦支度なのだ。
 さて準備が整ったので急いで門へと向かえば、鶯丸が深緑の着物を着て立っていたのでおういと声をかけて駆け寄った。するとすぐに鶯丸は気がついて、こちらへと振り返ってくれる。それにどこか安心しながら隣に並べば、よし行くかと二人で門をくぐった。
 賑やかな昼間の町を歩く。あれがあるこれがあると店を見ながら歩き、その途中で茶屋に入って休憩した。さらに進むうちにどうやら鶯丸には目的地があるらしいと気がつくと、それはどんなところだろうと考えながら隣を歩いた。
 やがて辿り着いたのは一軒の家だった。民家にしては少しだけ様子の違うその家の戸を鶯丸が躊躇することなく開くと中には老いた男性が居て、何やら作業をしていた。鶯丸をちらりと見るなり、納得したように頷いて作業を中断し、奥へと歩いて行った。俺はどうすればいいのか分からずに、失礼にならない程度に室内を見回した。どうやら様々な細工を作る職人の家のようだった。鶯丸を見上げれば彼は真っ直ぐに前を見ていて、この男はまるで人形のように綺麗だと改めて思った。
 奥から戻ってきた男性は小さな桐箱を持っていた。差し出されたそれを鶯丸が受け取り、蓋を持ち上げることで現れたのは簪(かんざし)だった。主に黒い漆と金粉で蒔絵が施されそれを確認したかと思うと、鶯丸は懐からあの箱を取り出した。それはあのエメラルドが入った箱だった。職人にそれと簪を渡すと職人は頷いて作業にかかった。エメラルドに穴を開け、金具を使って簪に取り付ける。そうすればエメラルドが使われた黒漆に金色の蒔絵が美しい簪の出来上がりだ。
 鶯丸はそれを受け取って俺へと向き直る。俺も鶯丸を見上げて同じように鶯丸へと向き直れば鶯丸が俺の髪に手を伸ばした。ただ結って上げていた髪にその簪を丁寧に挿す。驚いて固まっていれば、鶯丸は俺の髪から手を離して笑った。
「よく似合う。」
「あの、ありがとう。あのさ、これは。」
「贈り物だ。似合うだろうと思ってな。想像通りによく似合う。」
 こんな高価なものは受け取れないと抗議しようとしたけれどあまりに上機嫌で満足そうな鶯丸に何も言えなくなる。
 もう、こんなのあんまりだ。この簪は美しい女性に似合うものだろう。鶯丸からの贈り物はほんとは俺じゃなくてもっと相応しい相手がいるだろう。こんなに高価なものは俺じゃ上手く扱えないだろう。嗚呼、なんて悲しい。それなのに。
(嬉しいよ。)
 それは優越感じゃなくて、ただ鶯丸という掴み所のないひとが俺のために考えて、俺のために用意してくれて、俺にその手で挿してくれたというそのことが唯々嬉しい。
 熱くなる頬に手を当てていれば、職人に代金を渡そうとする鶯丸が職人に断られていた。曰く、また今度でいいからその人を送ってやんなと。その言葉に少しだけ気恥ずかしくなってしまっていると、鶯丸は気にすることなく職人に礼を言って俺の手とその手を指先までしっかりと絡めた。鶯丸を見上げれば、彼は優しい顔をしていた。
「少し行ったところに美味い茶を出す店がある。行こうか。」
 さっきも茶をしたぜ、なんて言いたいのに繋いだ手が熱くて嬉しくて、俺はその手をぎゅっと握り返したのだった。

- ナノ -