うぐしし/小さな泉/湧き水のような鶯丸さんとそこに惹かれる獅子王さんの話/居心地が良いという話


 鶯さんの隣はとても落ち着く。
 いつからか眠っていたのだろう。まぶたを開けば柔らかな日差しと彼の人の足が見えた。顔を持ち上げれば、その人が湯呑みを机に置いて外を眺めていることが分かった。日の傾きからして時間はほとんど経ってないだろう。しかし外の風景は記憶にあるものとは全く違うものとなっていた。ほのかに香る甘い花のにおい、桜色をしたまさしくそれである花。そう、春の風景が広がっていた。
 驚きながらもゆっくりと起き上がれば、彼の人がこちらを向いた。落ち着いた緑色の髪をしたひと、俺と同じく刀剣男士である鶯丸。鶯さんだった。
 鶯さん曰く、主が花見がしたいと言ったらしい。どうやらその真相は初期刀の歌仙がカンストしたお祝いに宴会をしたいということとか。どうせなら花見がてらが良いとなったのだろう。風流を愛する歌仙が喜ぶのか嘆くのか微妙なところだが、なんだかんだで主を主人として認めて好意的に感じているようなので、その宴会も人為的に生み出された桜も受け入れるのだろう。
 花見まではまだ時間があり、準備をしているらしい。それなら手伝わなければと思うのだがどうしてか動きたくなく思って、ずるずると腕を使って這うように移動し、鶯さんの膝に頭を乗せた。膝枕だ、なんて戯ければ鶯さんは優しく微笑んでくれた。それで許しをもらえた気がして、俺は膝から頭を離して起き上がり、その体にもたれかかった。二の腕のあたりに頭をすり寄せて鶯さんが見ていた庭を眺める。春の桜が美しい。儚いかのようなその風景は、あの優しい主の霊力で満ちているからだろうか、とてもあたたかな心地がした。
(でも、何かちがう。)
 この動きたくないぐらい気が緩む心地は主の霊力だけとは思えない。もっと、近くの、一番恋しいひとの気配。
「鶯さん。」
 呼べば、何だと返事をくれる。こちらを向いて、俺の頭をその手で撫でてくれる。あたたかくて気持ちのいい心地がとびきり大きくなって俺の体から骨が無くなってしまったみたいだ。
(あんたの隣は安心するんだ。)
 言えるほどには溺れてないから、どうか溺死させてほしいと思う。鈍った思考はコントロールが効かなくて、春の日差しの中で俺は溶けてしまいそう。
 獅子王、と鶯さんの声がする。
「寝たいなら寝ればいい。動きたくないのなら動かなくていい。きみはそのままでいい。」
 だからこちらにおいで、抱きしめてやろう。そんな事を言われたら、俺は体を動かして鶯さんの腕の中に入って融解に似た微睡みの中へ落ちていくしかなかったのだ。
 春の日差し、午睡を貪る。宴会に遅刻する予感がするのに、俺は微笑みを浮かべていた。

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