09:背伸びと息切れ/一期視点


 平安の刀であること。それを思い知らされた日の、翌日でした。畑当番の仕事を終えて、午後は休暇となった獅子王殿に会おうと、風呂に入って汗を洗い流してからその姿を探しました。最初に部屋、次に居間。主の部屋にも居られず、どこに行ったのかと不安になった頃には私は当てもなく走り回っておりました。私の名を呼び、どうしたのかと声をかける刀剣男士の仲間が多くいましたが、説明する時間も惜しくなっていた私は人探しをしているとだけ伝えて本丸を駆け抜けました。やがて本丸の裏手に周り、小さな小屋のそば。人に見えない場所にその刀は座り込んでいました。前にも見たその様子に私は慎重に呼吸を整え、獅子王殿に近づけば、獅子王殿は少しだけ顔を上げて、近付くなと言うのです。なぜかと聞けば、今は放っておいてほしいのだと語られました。でもその声が震えているものだから、そんな事は出来ないとすぐさま頭に浮かんだのです。
 このひとは平安の太刀。長くを生きた彼にしてみれば私などあまりに若い刀でありましょう。彼は何度も私を支え、導き、叱咤すらしてくれました。いつも私を支えてくださる先輩でした。けれど、私と獅子王殿は単なる先輩後輩ではなく、恋仲ではありませんか。
(私だってあなたを支えたいのです。)
 だから私は近付くなと言う獅子王殿に近付き、その背中をぽんぽんと優しく叩くように撫でました。獅子王殿が驚いて顔を上げるのを見計らって微笑み、目を見開いて驚いていた獅子王殿を腕の中に収めました。小さな身体です。薄くて骨ばった小さなその身を、縮こませて震わせる。そのなんと頼りないことか。
「私は貴方に頼るばかりではいたくないのです。」
 びくり、腕の中の彼が震えました。
「私だって貴方を支えたいのです。」
 また体は震え、それからゆっくりと顔が上がり、私と顔を合わせました。その顔は不安そうな顔から、私の目の前でくしゃりと笑ったのです。
「それなら、ごめん。少しだけ、甘えさせて。」
 獅子王殿は私の背中に手を回し、弱い力でしがみつくように抱き返してくれました。私の腕の中で、獅子王殿は前の主を呼びました。
「じっちゃん、こわいよ……。」
 震える体、小さな嗚咽と泣き声、その合間。こわい、こわいんだ、じっちゃんにあいたいんだ。そう繰り返す獅子王殿に、私はようやく知ったのです。
(このひとはずっと戦っていたのか。)
 強い喪失感と孤独感。それに身を蝕まれながら、この刀は笑って誰かを支えていたのだ。この本丸の古参である彼は、私だけではなく、この本丸の多くの刀を支えてきたのだ。その事を、私はようやく知ったのでした。

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