じじしし/願い事はとけて消える


 いつかの日、秋の匂いがしてきた晩夏に三日月が約束してくれた気がしたのだ。その約束は、思い出せないけれど。
 本丸は夏の景色が広がっていた。秋にしたいけれどと貯金額を見てため息を吐く主に、まあ夏も悪くないだろと近侍の薬研と一緒にフォローした。池を泳ぐ鯉に餌をあげていた五虎退が、そういえば夏の定番をしていませんねと語ったので始まったのが流しそうめんだった。裏山の竹を取ってきて流し台を作り、ホースで水を流して、そうめんと麺つゆで完璧だ。氷水で冷やした大量のそうめん片手に歌仙が始めるよと声をかければ皆がそろって返事をしたのだった。
 さて、この本丸には三日月宗近や石切丸といった流しそうめんに不向きそうな人もいる。というわけで普通にそうめんも食べられるようになってるわけだが。
「おい加州はそっちじゃねえだろーこっち来いって!」
「いや、あつい、ひやけ。」
「手入れすれば日焼け治るだろ。」
「主に日焼けしたこんがりな俺を見られたくないのー!!」
「なあ薬研。これって『女子か』ってツッコミするところか。」
「まあ察してやれよ旦那。気になるお年頃なんだろうよ。」
「いや、それ違くね。」
 それからしばらく流しそうめんを流す側で楽しんだ後は休んでくれとのことで三日月や石切丸、鶯丸達のところへ向かった。流さない普通のそうめんを食べている彼らと同じテーブルにつき、いただきますと手を合わせてからそうめんを食べた。氷水で冷やされたそれは冷たくて美味しかった。
 黙々と食べているとふと三日月が俺を見ていることに気がついて、何かと視線を向ければ、にこりと三日月は笑う。
「夏は満喫したか、獅子王。」
 その問いかけが何だか底知れぬ何かを含んでいるように思えて、正体が分からないから聞こうとしたけれどやめた。だって三日月がやたらと嬉しそうにして見えて、それなのにその目がどこか寂しそうだからだ。何かあったのだろうと思いながら、俺はそうだなあと告げる。手の中の麺つゆが冷たい。
「楽しんだぜ。やり残したことはきっとあるけど、まあ来年でいいだろ。」
 正確にはこの夏は貯金が溜まるまで続くわけだけれど、それでもそう返事をすれば三日月はやっぱりどこか寂しそうな目をして笑った。
「それなら、良い。」
 その言葉で、ふと、思い出す。

 いつかの日、秋の匂いがしてきた晩夏、此処ではないあの場所、三日月が隣にいて、何かを語る。小指をやや強引に、絡められた。

 獅子王、どうした。そんな三日月の声にはっとすれば不思議そうに俺を見る三日月達が居た。彼らに俺は何でもないと笑って、そうめんを食べた。
 俺は三日月とあの博物館で約束をしたのだろう。内容は思い出せないが、今の三日月を見ているともしかしたらと思う。二人で夏を満喫しようとかそういう約束だったのかもしれない。博物館にいた頃は何故か三日月も俺もお互いしか認識できる付喪神がいなかったから。
(夜に蛍狩りでも誘おうか。)
 少しだけ出掛けるのもいいかもしれない、と。それなら主に話をしとこうと思っていれば、三日月がまた名前を呼んだのでそれに返事をしてからそうめんを食べた。そろそろ流しそうめんの手伝いに行こう、主に話をするのはこの行事が終わってからだ。そんなことを思って咀嚼をし、飲み込んだそうめんは少しだけぬるくなった気がした。
 この本丸の夏はまだ終わりそうにない。

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