鶴獅子/意識を奪う呼吸の方法/箱庭へ誘う系鶴獅子/弱っているのを理由にその場の勢いで隠そうとする鶴丸とそれを見ないように振り払って今日だけだからなと甘やかす獅子王


 短刀のはしゃぎ声がする。目が覚めたら手入れ部屋で、久しぶりに中傷になったのだと体を起こした。金色の髪を何時ものように結い直し、服装を正して手入れ部屋から出る。すると驚いたことに本丸が夏になっていた。
 昨日まで春の桜が満開じゃなかったかと驚いていれば、駆け寄る音。それは虎を連れた五虎退だった。獅子王さまおはようございますと笑う五虎退に、その頭をぽんぽんと撫でておはようと返せば嬉しそうに笑って、乱と約束があるからと離れて行った。俺はそれを追うことなどしないで、主に手入れが終わったことを報告しに向かった。
 主の部屋で報告を済ませると、本丸の季節について嬉しそうに主は語ってくれた。曰く、やっと貯金が貯まったから購入したのだと。その嬉しそうな様子に、夏もいいなと返して部屋を出た。
 蝉の声がする。夏の日差しはなかなかに厳しいけれど、明るくて心地が良い。春は花曇りの季節だから、快晴が心地良いのだ。
 水遊びをする短刀と脇差を横目に本丸を散策する。そういえば鵺はどこに行ったかと思えば、食料庫として使っている小屋の中、涼しい場所でだらりとしていた。そりゃ、その毛では暑いだろう。毛をかるかと聞けば、どうやら夏毛に生え変わる予定らしい。それ冬毛だったんだな。
 そのまま散策を続けていると、ふとあの刀がいないことに気がつく。驚きが好きな白い刀はどこだろう。夏の日差しの中を歩き回って探しても見つからない。休憩するかと畑に行けば、大倶利伽羅が井戸水で冷やしたきゅうりをくれた。ぽりぽりと食べて水分補給をしてからもう一度あの白い刀を探した。
 やっと見つけたのは東屋の中だった。東屋でだらりと寝転がる白い刀に、おいと声をかければ、嗚呼獅子王か、なんて力無く言われる。何事かと思っていれば、どうやら夏バテらしかった。
「夏バテって、鶴丸には縁がなさそうなのにな。」
「三日月と小狐丸と、あと石切丸と鶯丸もダメだ……。」
「平安刀全滅かよ。」
「今剣は平気みたいだぜ……岩融は倒れてたな……。」
 驚きだぜと力無く言う姿に、こいつはとため息を吐いた。とりあえず体を冷やせる夏野菜でももらってくるかと背を向ければ、そういえばと鶴丸が言った。
「獅子王も平気なのか。」
「あー、俺はさっきまで手入れ部屋にいたし。」
「そういえばそうだったな。」
 珍しく中傷で帰ってきたなと笑うので、しょうがないだろと返す。検非違使と当たったのだからかなり善戦した方だと思う。
 とりあえず待ってろと動けなさそうだけど念のために言って、大倶利伽羅のところへ向かう。また井戸水で冷やしたきゅうりをもらって鶴丸の元へ小走りで向かう。やっぱり寝転がってた鶴丸に体を起こさせてきゅうりを押し付ければ、食欲が無いという男に食えと押し付けた。食べ終えたのを見届けてから、水枕でも持ってくると言えば、待てと言われたので立ち止まる。
 手招きをする鶴丸に近寄り、何かと問えば腕を掴まれて倒れさせられる。畳に体がぶつかって少し痛くて何すんだと言えば、鶴丸はにっこりと笑っていた。案外元気だな、良かったと安心すれば鶴丸の手が俺の腕を強く握った。痛いなあなんて少し現実逃避みたいな気持ちで思えば、鶴丸の唇が動いた。
「ずっと世話してくれるか?」
 脳味噌を蝕むような甘い声に、何言ってんだと返した。
「鶴丸はいつもは一人で出来るだろ。」
 故に、今日は特別なんだと。



title by.さよならの惑星

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