05:子どもな自分、大人な恋人/一期視点


 貴方はいつも私を宥めすかし、その心で私を受け止めてしまうのです。
 遠征から帰ると桜の花が咲き乱れていました。桜色の景観に、主が長い期間をかけて貯めた資金で購入したのだと近侍の長谷部殿に教えてもらう。いつも主命とあらばと忙しく駆け回る長谷部殿の表情がどこか柔らかくて、この人も喜んでいるのだと微笑ましくなった。
 主に遠征の報告をする。報告と連絡が済んだ後、夕方から宴会をすると教えてもらう。ならばそれに向けて風呂と用意の手伝いをしなければと着替えとタオルを持って風呂に向かえば、途中で獅子王殿を見かける。愛しいその人に思わず駆け寄る。だって遠征はかれこれ三日もかかったのだ。二回の夜も会えなかったその人が足りなくて話しかければ、獅子王殿は話しかける前に私に気がついて顔を綻ばせてくれました。
「一期おかえり!怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。獅子王殿はどうですか?出陣があったでしょう。」
「俺はへーき。ただ太郎太刀が珍しく中傷になったからまだ手入れ部屋だぜ。まあ宴会までには終わる見通しだけど。」
「それは良かった。それで、あの獅子王殿……。」
 抱きしめてもいいですか、そう聞こうとすると獅子王殿は先回りするように私の口元に指を寄せました。
「先に風呂に入って来いよ。」
 疲れが取れるぜ、なんて。それが汚れているからと拒否された気がしてショックを受ければ、獅子王殿は続けて何でもないように私の唇に口付けをしました。精一杯の背伸びをして口付けをしてくれた獅子王殿に嬉しくなってしまえば、獅子王殿はははと笑って今はこれで我慢なと言ったのでした。

 風呂から上がると獅子王殿はいないかと気にしつつ台所へ向かい、宴会の準備の手伝いを申し出れば、遠征帰りだからと秋田に止められましたがそれでもと言えば歌仙殿がならばブルーシートを敷く手伝いをと言ってくれました。
 何本もある桜の木の下、その一角では鶴丸殿と小狐丸殿、そして獅子王殿が場所を選んでいました。所謂平安生まれの刀剣男士は歌仙殿のお眼鏡に適う雅な精神を持っているのでしょう。いっとう綺麗な場所、それでいて宴会のしやすい場所を探し出してブルーシートを弟たちが広げ始めていました。私は駆け寄り、手伝いを申し出れば快く受け入れてくださいました。
 打刀や脇差の殆どお使いに出掛け、太刀や大太刀はまだ出陣から帰っていなかったり調理などの準備をしているのだと弟たちは口を揃えて教えてくれました。そう聞いている合間、ちらりと獅子王殿を見れば小狐丸殿と何やら話をしておられ、くすくすと笑う姿は何とも愛らしくて隣で見れたらなと思ってしまうと乱に小突かれてしまいました。

 夕方、久しぶりに全員揃っての宴会が始まりました。
 各々料理とお酒、何より会話と桜を楽しむ中で一通りの挨拶や会話を済ませて獅子王殿の元へと急ぎました。獅子王殿も挨拶や会話を一通り終えたようで、今は仲の良い三日月殿と厚と鳴狐殿とお供の狐で花を楽しみながら飲んでいるようでした。仲の良いそこに入るのは少しばかり躊躇しましたが、それでもやっぱり共にいたいからと近付けば、獅子王殿が気がついて立ち上がり、なんと私のところへと歩いてきてくださいました。嬉しくて顔が緩めば、獅子王殿は酒でほんのり染まった頬で微笑み、向こうで飲もうかと誘ってくださいました。
 そこは少し離れた桜の木の根元で、持ってきたお酒を飲みつつ話しをしました。厚や鳴狐殿のこと、遠征のこと、出陣のこと、この本丸のこと。ほんのりと染まった頬で話す獅子王殿はどこか楽しそうで、それがとても美しくて、私はその頬に手を滑らせました。こちらを見る獅子王殿を引き寄せ、うなじを触って口付けをすれば獅子王殿はふふと笑いました。そして続けて口付けをしようとすれば、獅子王殿が私の口元に指を寄せました。
「一期、落ち着けー。ここ外だからさ。」
「しかし、」
「深呼吸深呼吸。ほら、落ち着いたか?」
「獅子王殿……。」
 寄せられた指を掴んで退かせば、今度はもう片方の腕が頭に伸ばされさらりと撫でられました。
「お疲れ、一期。」
 疲れてるだろ、また今度な。そう笑った獅子王殿がどうにもこうにも大人に見えて、私はまだまだ子どもなのかと落胆したのでした。

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