鶴獅子/眠れぬ子どもが夢を見る



 いつだったか、優しい腕の中で午睡を貪っていた気がする。そのひとが生きていた時、俺に意識なんて無かったのに。

 付喪神とは長く在った物に宿ったモノだと聞いた気がする。自分もそれであるはずだが、どうにもピンと来ない。やはり自分自身の事だからだろうか。人を模した俺は、人のように自分自身のことが一番分からないようにできているのかもしれない。
 だからこうして夜中に起きてしまうことの原因が分からないことも、ある意味で自然なことなのかもなと思う。寝ている間は鵺と離れているのでひとりきり、皆が寝静まった本丸をふらふらと歩く。最初は布団の中で朝まで寝転がることをしていたが、今ではもうしていない。だってこうして歩き回っていれば、たまに思わぬ奴に出会うからだ。
「お、こんばんはだな、獅子王。」
「こんばんはー、今日は鶴丸かあ。」
 そう返せば何だ不満かと笑われる。俺はそれにそんなことはないと返して、縁側に座っていた鶴丸の隣に立つ。この場所は鶴丸の部屋からも俺の部屋からも離れていて、お互いに夜中に目覚めて行き着いたことは明白だった。だから二人してそのことは隠さない。
「どうも今日は眠れなくてなあ。獅子王なら起きてるだろうと思ったんだ。でも本当に出会えるとはな。」
「ま、俺だって寝る日はあるしな。」
「ここは広いから、お互いに起きていても出会えないことだってあるからなあ。」
「どこに行くかは気の向くままなのはお互いだしな。」
「あ、驚いたか?」
「いんや。別に。」
「ノリが悪いぜ。」
「そういう気分でもねーんだろ?」
 笑みを作れば、それもそうだと鶴丸は笑った。俺はそんな鶴丸の隣に座り、庭に足を投げ出す。空には月が無く、星が寂しげに散らばっていた。もう少ししたら夜が明けるのだろう。一番空が暗い時だった。
 夜の闇の中、鶴丸の白がよく映える。どんなに暗くてもほんの少しの光があれば鶴丸の場所が分かるのだろうと思った。自然と鶴丸に向けていた視線をそらそうとすれば、不意に鶴丸がこちらを見た。その目は金色をしていて、人を模しているのに人離れしているなと思う。俺の灰色の目は主曰く外人のものに似ているらしいので、何だか黄金色の目が気になった。じっと見ていれば、鶴丸の手が動き、その骨ばった手が俺の目を覆った。その暗闇の中で目を閉じれば唇に柔らかくて温かい感覚がする。覆っていた手が離れて瞼をあげれば、近い位置に鶴丸の顔があった。そしてさっきまでと同じ位置まで鶴丸が戻れば、彼は不思議そうにこぼす。
「夢を見ているようだ。」
 鶴丸は確認するように手を繰り返し握るが、目は俺を映したまま。
「獅子王が拒絶しないなんて。」
 俺はそれに呆れてしまう。一体鶴丸の中で俺はどんな奴なのか。確かにされて気分がいいものではないが、拒絶とまではしないだろう。だって俺は男であるし、人を模してはいるけれど人ではない。けれど、一つだけ安心したことがある。
「お前、眠いんだろ。」
 鶴丸の目はよく見てみれば微睡みを帯びていて、この眠れないといった刀が眠いのだということに安心した。人を模した俺たちに睡眠は重要なもので、俺だって眠れない日はこっそり昼寝を取ったりしているのだから。
 鶴丸が瞬きを繰り返し、眠いのかと舌足らずな言葉を放つ。それを肯定してやって、俺は立ち上がった。
「俺は部屋に戻るぜ。鶴丸も寝ろよー。」
 そのままそこを去ろうとすれば、鶴丸が待てと言うので振り返る。鶴丸の目が揺れていた。そこから何かを汲み取るには俺たちはヒトガタになってまだ日が浅すぎるのだろう、ただ揺れていることしか分からなかった。
「朝、また会えるか。」
 その声が必死なもので、俺は思わず笑ってしまう。そして約束をするのだ。
「じゃ、また後でな!」
 そこからは駆け足でその場を去る。今はただ、あの眠れない鶴を寝かしてやりたいことだけが頭を埋め尽くしていた。

 いつだったか、優しい腕の中で午睡を貪っていた気がする。きっと今日の昼寝はあの鶴が場所を提供してくれるような、そんな予感がした。

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