不幸ならここに仕舞ってしまおう/じじしし/怖い夢を箱の中に仕舞う/不穏


 恐ろしい夢を見た。まるで何も覚えていないが、それはそれは恐ろしい夢だった。怖くて怖くて、まだ夜中なのに俺は寝床を抜け出した。なるべく静かにしながらも急いで向かうのは離れにある三日月の部屋で、彼処なら安心できると俺は急いだ。
 離れは灯りがついていて、珍しいことにあの三日月が起きているらしい。障子をそっと開けば、どうしたと振り返る三日月宗近その人がいた。濃密な夜の気配がした外とは違い、三日月の部屋はどこかあたたかい。ああ、この刀の近くなら怖くない。そう感じて俺は部屋の中にするりと入り込んだ。
 三日月は寝間着ではあるがどうやら今から寝るところというよりは、寝る前にと広げた書物に集中してしまっていたようだ。布団すら出してなく、寝間着で幾つかの書物を広げた三日月は何とも滑稽なのに格好がついている。燭台切が泣いて悔しがりそうだなんてありもしないことを考えながら、再度どうしたと声をかけてくれた三日月に怖い夢をみたと告げるとそうかと三日月はそれならと小さな箱を取り出した。
 それは組み木細工の美しい木箱だった。大きさは俺の両手のひらぐらいだろう。小さな箱をどうしたのかた見つめれば、三日月は言う。
「怖い夢をこの中に仕舞い込んでしまえばいい。」
 ほれと三日月は箱を開く。その気休めが何と無く面白く思えて、俺は箱に向けて口を開き、それから閉じた。三日月が箱の蓋を閉め、これで良いだろうと笑った。
 その日は三日月の部屋で寝た。怖い夢はもう二度と見ないような気がした。

 夢を見た。何も覚えていないが怖い夢だ。
 それは遠征の最後の夜に見た。怖くて怖くて、俺はその晩は寝ずに過ごし、昼に本丸に帰るとすぐに三日月の離れへと向かった。
 ばたばたと部屋に入った俺に、三日月はどうしたと目を丸くした。内番姿でのんびりしていた三日月に抱きつき、怖い夢をみたと言えばそうかと三日月はあの小箱を取り出した。
「ここに入れて仕舞えばいい。」
 俺は開かれた小箱にむけて口を開き、小箱は三日月の手で閉められた。それから手入れ部屋が空くまで三日月のそばで過ごした。

 身の毛がよだつ夢を見た。何も覚えちゃいないが、格別恐ろしい夢だった。
 午睡に見たその夢にぞっとして俺は夕暮れの本丸を駆ける。目指した三日月の離れ部屋に、今日も三日月はいた。
 縋りつき、怖い夢を見たと言えば、三日月は小箱を取り出した。小箱が開かれ、俺はその中に口から夢を吐き出した。黒い泥が滴り落ちたような気がした。
「ほらもうこれで怖くないぞ。」
 俺は笑う三日月に安心して、そっと目を閉じたのだった。

 怖い夢を見た。
怖い夢を見た。
  怖い夢を見た。
恐い夢を見た。
 怖い夢を見た。
怖い怖い夢を見た。
   それは恐ろしい夢。

 怖い夢を見た。何も覚えてはいないが、見たこともないほど怖い夢だった。気がつけば俺は三日月の部屋に向かっていて、濃密な夜の中を駆けて、灯りが灯った三日月の部屋に駆け込んだ。
「おや、どうした。」
 柔らかな声、その体に縋り付く。怖い夢を見た、そう言えば三日月はそうかと俺を撫でた。
「小箱の中に仕舞ってしまおうな。」
 また、小箱が開かれた。口を開く。黒い泥が流れ落ちる。閉じられる。おしまい。
「さあ、眠ってしまおうか。おいで、おいで、獅子の子や。」
 嗚呼、よく眠れそうだ。



title by.恒星のルネ

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