じじしし/風鈴/ほんとはずっといてほしい


 りりん、りりんと鳴る音はとても心地良い。
 流水のごとく流れる時の流れの中、巡り巡る縁の果てに俺は三日月と出会った。審神者に顕現してもらった俺と真っ先に目が合ったのは美しい月を持つ三日月宗近で、初めましての挨拶をしたのも彼だった。
 刀であったころに俺と三日月は同じ場所にいたけれど、まだ意識すらないころのことだからどうしても薄い記憶しかない。人間との付き合いは細々としたことまで思い出せるのに、刀との面識はほとんど記憶になかった。
 ここは本丸というのだ、と俺の案内役となった三日月は楽しそうに教えてくれた。曰く、世話されるばかりで人の世話をすることなど殆どないかららしい。じじいを自称するこの刀がそんな浮世離れしたことを言って笑うものだから、俺はわりと真剣にこいつ大丈夫かなと思った。
 ある程度の知識は顕現された時に頭に入っていたので、箸の持ち方だとか着替えの仕方だとかで困ることはなかった。ただ、本丸の見取り図だとか食事の美味しさだとかは知らなかったで新鮮だったし必死で頭に叩き込んだ。だから俺がこの本丸で三日月の手助けを必要とすることはすぐになくなって、代わりに三日月の世話をするようになった。
 じじいを自称する三日月の世話は案外楽しく、あれこれとしていれば平野や一期に笑われた。けれどやめるなんて考えられなくて、笑って楽しいからと言っておいた。それは事実だし、何も不満はないこのことに俺はちょっと夢中になっていた。
 そんなある日のこと、三日月が遠征から帰ってきたので何時ものように着替えを手伝おうと先回りをして部屋に入ってあれこれ準備し始めた時、不意に背後から声をかけられた。その声が三日月だったものだから驚いて振り返る。だって三日月は今回の遠征の隊長だったのだから主への報告があるはずで、こんなに早く部屋に戻るわけがないのだ。どうしたんだといささか訝しんで聞けば、三日月はにこにこと笑って何か手のひら大の木箱を差し出した。先にこれを渡しておこうと思ってなと言われて受け取れば、思ったより軽かった。座って木箱を畳の上に置き、そっと蓋を外せばつるりと美しいガラスの何かがあった。何だろうと紐を持ち上げればそれが何かがすぐに分かった。それは風鈴だ。丸いガラスの風鈴は以前の遠征で街に寄り道した時に見たことがあった。その美しい見た目と風が吹くたびにりりんと鳴る音が心地よくて見惚れれば、三日月がくつくつと笑った。そちらを見ればやけに幸せそうな刀がいた。
「何、獅子王が嬉しそうで良かったと思ってな。」
「ああ、綺麗で音もいいと思う。でもなんで買ってきたんだ?」
 俺たちに与えれられたお小遣いは少なく、風鈴なんて高価そうなものは到底買えそうにない。そんな疑問を投げかければ三日月はそれはなと教えてくれた。曰く、誉の褒美なのだと。
「どうやら一定以上の誉をとったらしくてな、主が好きなものを買ってこいと小遣いを貰ったのだ。ならば獅子王が目を輝かせていたそれがいいと思ったのだが。」
 気に入ったなら良かったと楽しそうに笑う三日月に、おかしくないかと言う気が失せる。三日月の褒美を買うためのお金なのになんで俺に土産を買うのかさっぱり分からない。
 三日月はそれに、と続けた。
「これがあれば獅子王は俺の部屋に来てくれるだろう。」
 そんなことを言うので、言われなくても用があれば来ると不満気に返せば三日月は楽しそうな笑顔で続ける。
「何、用がなくとも共にいたいのだ。」
 ほら、近う寄れなんて笑うものだから、俺はとりあえず報告と風呂に行くぞとその腕を掴むために立ち上がったのだった。

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