うぐしし/きっと心を許した印/誘惑する鶯丸さん


 今日は何故か鶯丸さんを見かけない。どこだろうと本丸の中を歩き回る。いつもの部屋にはいないし、客間にもいない。縁側にもいないと短刀の皆は言うし、庭で穴を掘っていた鶴丸さんも見ていないという。なんだかんだで驚きのために周囲をよく見ている鶴丸さんのことだから、あの辺りの庭には鶯丸さんは近寄っていなかったのは確かだろう。さて、どこだろう。庭のどこかだろうか、それとも本丸のなかにまだ見てない部屋があっただろうか。そこで、気がつく。確率は低いけれど、確かに見ていない部屋が二つある。一つ目は主の部屋、顔を出せばここにはいないですよと今日の近侍の一期一振が笑った。俺が鶯丸さんを探していることがもうすっかり本丸中に知れ渡っているらしい。一期は弟たちが広めてしまったと少しだけ申し訳なさそうにしながらも、笑顔で次の探し場所を問うのでちょっと恥ずかしい気持ちで伝えればそれなら行ってらっしゃいませと見送ってくれた。
 そして、その場所。閉められていたはずの障子が開いていて。ああ、やっぱり。
「鶯丸さん!」
「ああ、獅子王か。」
「何で俺の部屋にいるんだよ!」
 探したんだぜと言えば、うっすらと笑ってそれは手間をかけたなと満足そうだった。
 鶯丸さんを探していた目的を果たそうと鶯丸さんの前に座り、結んでいた髪を解く。すると鶯丸さんが任せろとおそらく懐から出したのであろう櫛を俺の髪に通し始めてくれた。
 三日ごとに一回、鶯丸さんはその手で俺の髪に櫛を通してくれる。最初は鶯丸さんが櫛を購入したので試させてほしいと言い出したからだった。上等なそれを使うなら自分の髪でいいのではないかと問えば獅子王の方が髪が長いだろうと言われてしまった。それなら小狐丸とか加州とかの方が髪が長くて気にしているだろうに、鶯丸さんは獅子王がいいのだと俺を丸め込んだ。というかゴリ押しした。
 鶯丸さんはゆっくりと丁寧に俺の髪に櫛を通す。少しだけ引っ張られるのが気持ち良くて昼間なのにうとうとしてしまえば、午睡をするかと鶯丸さんが囁く。その声もまた心地良くて、ふわふわとした心地の中で頷けば鶯丸さんが分かったと言った。
 とろとろと溶けるような意識のなか、鶯丸さんが首のあたりの髪を掻き分けた。少しだけ疑問に思えば、ちう、と何か柔らかいものが当たって痛み。
「鶯丸さん……?」
「何でもないさ。」
 鶯丸さんの優しい声がして、俺の体が引き寄せられる。俺の体を引き寄せた鶯丸さんはそのまま手櫛で俺の髪を解いていくかのように触っていた。
「眠ってしまうといい。布団に運んでおこう。」
 そんなことまでしなくてもいいのに、ただの午睡なのだから。でもその言葉が優しくて嬉しくて、俺は幸せな気持ちで微睡みに身を任せたのだった。

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