六センチメートルの星空/宮→←中/片思いに疲労困憊の中原さん/すれ違い


 鋏の刃に映る星空を愛したい。
 夜、明かりを付けていない自室にひとり。ぼんやりと外を眺めて、星空を目に映す。地上と接しないこの部屋からなら少しばかりでも星空が近くに見える気がしたのに、矢張り星は遠いまま。
 分かってはいるのだ。俺は星空なんて尊いものに近付けやしない。俺は単なる凡凡たる人間なのだと、分かってはいるのだ。
 机の上に散らばる文具の中から鋏を手に取り、そっと外へと刃を向ける。映るのは満天の星空。夜の黒と白や橙の星々が痛烈なコントラストを持って小さな刃に映った。手鏡など持たぬからというのは言い訳で、本当にこの鋏程度が自分の精一杯なのだと感じた。むしろ、この鋏の刃すら自分には有り余るものなのだと思った。
 ひとつでいいとすら考える。星々の光の、ひとつですらいいと思った。万人に見えるそのたった一つでいいのだ。せめてそれだけでも俺のとなりに差していたら。

 うとうとと眠気がした。そろそろ寝ないといけない。でもどうしてもともう一度、鋏の刃に映る星空を見た。鏡面のようなそこは、とても小さい。
「何をしているんだい。」
 夢心地のような声がして、とうとう自分は寝てしまったのだと思った。こんな時間に、こんな処で、この声がする筈がないと。
「中原君、窓から離れて。」
 虚ろに声の方を見れば、いつも優しい彼の人の切羽詰まった様子が見えて、矢張りこれは夢なのだと確認する。誰にでも優しい彼の人が、俺なんかにそんな風にする筈が無いのだから。
「お願いだ、どうかそこから離れてくれ。危ないよ、危ないから。」
 嗚呼、彼の人の震える声がする。つうと頬を涙が伝い、シャツに落ちる。嬉しかった。たとえ夢でも、彼の人がそんな風にまるで俺を特別な風に扱ってくれるなんて。微笑みを晒した俺に、夢の彼の人はとても驚いた顔をして。

 嗚呼、何と幸せな夢なのだろう。

「中原君!」
 いつの間にか夢の彼の人がすぐ近くに居て、驚けば腕を引っ張られる。ガタンと音を立て俺は窓枠から床へと落ちる。けれど夢の彼の人は俺を抱きとめてくれていた。柔らかな温もりと、優しい匂い。やけに現実の様に出来ていると、現実だったら彼の人はこんな温もりと匂いをしているのかと微笑みと涙が零れた。幸せだ、俺はとても幸せだ。
「もう、しんだっていい」
 零れた言葉に夢の彼の人は息を詰めて、それから俺を抱きしめる力を強くした。痛いほどのそれに、苦しさと疑問を覚えた。呼吸が上手く確保出来なくて、呼吸が荒くなる。意識が、何だかグチャグチャに歪曲していく。
 そんな中で夢の彼の人の声がした。聞き取れなくて、どうしたかと聞けば夢の彼の人は繰り返した。
「そんな事は言わないでくれ。」
 切なさと必死さと、まるで引き止めるかのようなそれに俺はやっぱりと考える。
(これは何て幸せな夢だろう。)
 そのまま、意識は一息に微睡みへと落ちていった。

 その間際、まるで彼の人が泣いているかの様な。

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