月見酒/宮中


 ふらふらと廊下を歩く。眠れるようで眠れなくて、それが何とも耐え難くてこっそりと部屋を抜け出した。何人もの人が寝泊まりするこの屋敷には夜に活動的な人も多いので、ゴトゴトと何処からか人の音がした。
 辿り着いたのは小さな池が見える縁側で、その静かな水面に映る半月に心がざわついた。どうもいけないなと踵を返そうとすれば、誰かが歩く足音がして彼が現れた。
「あれ、宮沢サン?」
 不思議そうにするのは彼こと中原君であった。その手には酒瓶とガラスのコップ。そういえばここは比較的台所が近かったなと思った。
 中原君は少し考えると、待っていてくれと駆け足で何処かへ向かい、すぐに徳利と二つのお猪口。月見酒でもしようと笑う姿に、思わず微笑みが溢れた。
 ふたりで小さな池に映る半月を見ながら酒を舐める。中原君にしてはお酒の量が少ないねと言えば、台所に居た杉田先生に止められたのだと残念そうに返ってきた。こんな時間に台所に彼が居るなんて珍しいと思っていれば、監視らしいと遠い目をされる。それを聞いて納得し、くすりと笑ってしまう。中原君は笑ってやるなよと言いつつもその顔は少しばかり楽しそうだ。
 ぽつぽつと会話をしながら穏やかに夜が更(ふ)ける。
「それにしても、こんな歳でこの人数の集団生活するなんて思いもしなかったぜ」
 しみじみと言うきみの頬は赤みが差していて、このぐらいなら酒癖の悪さも出ないのだなと思う。
 中原君はこの屋敷に住む様々な人たちの話をする。ぼくが良く知る人もいれば、あまり会話をしない人もいる。それでも楽しそうに、偶にユーモアを混じえて話す姿はきらきらとしているように見えた。酒が回ったかなと苦笑すれば、目敏く気がついた中原君が何か気になることがあったかと少し不安そうに言うので、酒が回ったようだと素直に答えた。すると中原君がそれならそろそろお開きにしようと笑うので、ぼくはそれが何と無く残念に感じる。だからとぼくは少量の酒の入った脳味噌で考えて言う。
「ぼくの部屋においでよ」
 そこでもう少し話そうと続ければ、迷惑になるだろうからと断られる。その返事に残念に思いながら、それならまた今度飲もうと提案した。その提案な中原君はじゃあまた今度と楽しそうに言って、徳利とお猪口を台所に返しに行った。その後ろ姿を見ながら、やっぱりもっと話したかったと残念に思うも、ふわりとした眠気がする。寝酒は久しぶりだったなと考えながら立ち上がり、自室へと足を進めた。よく眠れそうだと思えた。

- ナノ -