宮→中/いつか傷つけても


 その傷が愛となります様に。
 夢の中だった。きみが泣いて、ぼくの名前を呼んでいた。だから手を伸ばすのに、きみは手から離れる。一歩、一歩、ふらつきながら下がり、そのままぼくの名前を呼ぶ。否、言っていただけだ。ぼくを呼んでいるなんて錯覚で、決して呼んでなんていないのだ。ぼろぼろと流れ落ちる雫を、ぼくは拭えない。きみの背中を撫でてあげられない。そうしてきみはやっとぼくの名前以外の言葉を喋るのだ。
「俺を解放しておくれよ、宮沢サン」
 夢のきみは、ぼくの罪悪感の塊なのだ、と。

「宮沢サン。起きろよ、飯だぞ。」
 ゆさゆさと揺さぶられて目を開く。ぼくの顔を覗き込む中原君は泣いてなんていない。起きたばかりのぼくを不思議そうに覗き込む。ぼくの体を揺さぶっていた手は、当然ぼくに触れていて、ほのかな温もりを感じる。それが、少し嬉しくて少し切ない。この手はぼくに触れることになんの感情も無いのだ、と。
「珍しいな、こんな時間に寝るなんて。疲れてんのか?」
 起きたのならと立ち上がって離れる中原君の手を追う、掴んだのは手首。驚くきみの顔。その顔は本当に驚いただけのもので、ぼくは苦しくなる。胸が痛くて仕方が無くなる。
 中原君の慌てる声がして瞬きをすれば、ぽろりと溢れた。これは涙だ。
「どうしたんだ宮沢サン、苦しいのか?」
 苦しい、そう、ぼくは苦しいのだ。罪悪感でぼくは苦しいのだ。ぼくを慕ってくれる、きみに抱いてしまった想いの罪悪感で、ぼくは苦しい。
 吐き出して楽になってしまいたいと思ってしまう事もある。中原君を傷つけて、その傷が愛となる夢物語を夢想する、ぼくはそんな唯の人間だ。
「なあ、宮沢サン。どうしたんだよ。」
 手首を掴んだ侭のぼくを、きみは心配そうな顔をする。止めてくれ、その顔を見ているとぼくは勘違いしてしまう。きみがぼくに傷つけられていると思ってしまう。ぼくの優しさに、ほんの少しでも傷を抱いていると思ってしまう。
「俺に言える話なら聞くぜ。駄目なら誰か呼んでくる。だから、泣くのを止めておくれよ。」
 そしてきみはぼくの手を手首から丁寧に剥がし、明るく笑う。
「そんで、皆で飯を食って、寝て、また明日におはようと挨拶をしようぜ。きっと、元気になる。」
 きみ笑顔が優しくて、苦しくて、ぼくはまた涙を流した。そしてぼくは確信するのだ。
(ぼくはきみを傷つける)
 この想いをいつか、必ず吐き出してしまうだろう。

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